2009年10月25日 (日)

結局2A3アンプになりました

おさかなです。最近、少々てんてこまいです(仕事が)。いまも軽く頭痛です…。でも明日明後日は休み(ん?書いてる間に日付変わったから、今日明日ですね)。岐阜の飛騨高山に行くんだ! リアルを考えるのは、出勤してからにしよう。

ところで、真空管アンプ(パワーアンプ)を作成して、2カ月ほどが経った。

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/08/post-be25.html

が、「男の自由時間」に掲載されている6L6GCのパワーアンプは、ひどい音になった。

できあがったばかりのときは温かい音だった。高域から低域まで全体がぼやっと膨らんだ音だったが、これからエージングで音が締まっていき、いい音へ変化していくだろうと思っていた。だが、一週間もすると、変化したものの、ものすごく冷たい感じの音に変化した。平坦で金属的な音。僕は忌々しい気持ちでいっぱいになった。

「ウン万もかけたのに、こんなひどい音なのか? プロがつくるといい音になるのだろうか?」

でも俺は素人だしなあ。

その後、結果的に、けっこう大規模に(?)改造してきた。

出力トランスをノグチのPMF-10WS→ISOのFE-12Sに。

電源トランスをノグチのPMC-150M→同じくノグチのPMC-170HGに。

チョークコイルをノグチPMC-518H→同じくノグチのファインメットコア、FMC-519Hに。

出力管もかなり差し換えた。ストラヴェーナの6L6GCをJJの6L6GC、復刻版ムラードのEL34、ゴールデンドラゴンのKT88、TUNGSOLのKT66、エレクトロハーモニクスの6550を試した。KT88がいちばん好印象だったが(音に温かみが感じられて)、でもやっぱりいまいち音が細く感じられた。

6SJ7をRCA製からKenrad製や東芝(マツダ)製にしてみた。感覚としては、KenradはRCAと同じようにそつない感じでいまひとつ。東芝(マツダ)は、音に温かみ、柔らかさをあたえる感じで、これも好印象。でも、やっぱり音が細い。

そこで、下記を参考に、KT88+6SL7のSRPP。

http://www.anc-tv.ne.jp/~suzuki3/amp_6sl7_2a3/k_6sl7_2A3_Amp1.pdf

電圧増幅管と、出力管のカソードコンデンサは220μF、カップリングコンデンサは0.22μF、グリッドリーク抵抗は270KΩ→390Ωにした。

でも結局、出力管を2A3に変更。ソブテックの2A3は、ちょっと音が細い。GOLDENDRAGONの2A3は音が温かい感じで好印象。出力トランスの一時側を5KΩでつなぎ、眠っていたAUDIENCE52(4Ω)をつないだら、けっこうこれがいい! …ちゅうわけで、何とか落ち着きました。

次はプリアンプの自作かなあ…どうしようかな。

■10/26追記■

AUDIENCE52はまた自作SP(FOSTEX F120+T90A)に戻しました(8Ω)。出力トランスは1次側3.5KΩに。

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2009年10月 8日 (木)

JR全線不通…

おさかなは生きています。

本日は関東にも台風がやってきました。

しかし、朝は雨が降っていましたが、8時過ぎには雨は止んでいました。

乗っていた京浜東北線は途中で止まり、その後JR全線が運転見合わせになりましたが、人間は地上を歩いてもどうってことありませんでした。思わず苦笑い。地下鉄もJRの全線不通のあおりをくって、一部運転見合わせに。僕もがんばって地下鉄二駅分を歩くことになりました。何でこんなにまじめに出勤しているんだろう、俺。

東京では風もそんなに強い感じはなくて(弱くもないが)、電車だけ勝手に麻痺していたような印象を持ちました。困ったものです。まあ、たいした風じゃなくても、川の上を通る高架のようなところは風のあおりがきつくて、電車の運転を見合わせた…のかもしれませんけど。

ってわけで、職場には昼になっても当編集部は僕しかいません。外は晴れわたっています!

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2009年8月18日 (火)

真空管アンプできましたが…

真空管アンプを初めて自作。めでたく完成した。

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/08/post-be25.html

シンバルの音は明らかにきめ細やかになり、グラフィックイコライザで高域を調整してやればほとんど気にならないレベルに到達した。この点はDENONのPMA-1500AEよりずっといい。音も澄んだ感じで、響きも少し増して、良い傾向だと思った。POPSでもJAZZでもROCKでもOK。

が、課題を感じる。

音が細く、硬い印象。ボーカルがもう少し温かみを帯びるようにしたい。その他の楽器の音もややクールすぎか。どうしたものか。6L6GCを換えてみるか、出力トランス(ノグチPMF-10WS)を換えてみればいいのか?

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2009年8月 9日 (日)

真空管アンプできました

真空管アンプが完成した。塗装の下地処理をしていなかったので、ちょっと塗装がはがれているところもあるが、気にしない方向で。

Photo

で。配線を点検し、電源を入れたが、片チャンネルだけ音が出ない…。

音が出ない方のチャンネルの配線を点検し、ハンダづけの不良箇所をすぐに発見。コードの先が割れて、接触不良になっていた。電子部品のハンダづけは、その都度くっついているかどうか確認しながら組み立てていたので問題なかった。まあ、コードを剥いたらハンダメッキするという作業をさぼっていたバツだ。

しかしそんなバツからも、ものの5分で復活。やった! 音が出た! 変な雑音もない。

音を出してみての感想は、少々低音が出過ぎでうるさい+低音の解像度がもう少しあってもいいかなあ、ということ。エージング途中だろうから、しばらく様子見だが。まあ、僕の手元にはグラフィックイコライザがあるので、どうとでもなる。低音をひっこめてしまえば聴けないことはない。

そのほか、PMA-1500AEに比べると、硬くとげとげした感じが少し緩和されて、なめらかになった気がします。PMA-1500AEと比較試聴したわけではないのだが。ふたたびPMA-1500AEと比べれるほど積極的になれないので、比較試聴レポートはおあずけ。

そのうち、カップリングコンデンサ交換や、真空管を6L6GC→EL34に変更したりして遊ぶかもしれない。

電子工作といったら、中学の時に授業でつくったラジオぐらいだった。最初はアルミに穴を空けるなんてうんざりだったが、道具さえそろえれば意外に簡単だった。部品を買ってから「これは使えない」「げ、間違えた」とかいって買い直した部品も2~3点あったが、できあがってとりあえず満足。不器用でも初心者でも躊躇することはない。真空管アンプに興味を持った人は、迷わずつくるべし。

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2009年7月30日 (木)

真空管アンプ用のシャーシ完成

真空管アンプの作成に着手。第一の難関(僕にとっては最大の難関だと思われた)、シャーシ加工が無事に終わった。正確には底板の塗装がまだですが、まあここまでやれば、シャーシでつまづくことはないだろう。

Photo さて、使ったシャーシはノグチトランスのアルミ製。2mm厚、350mm×200mm×55mm。
本来は横長に使うモノのようで、適切なシャーシとは思えないが、まあ、気にしない。

シャーシ加工において、「初心者には難しい」といわれるひとつが、電源トランス用の角穴だ。だけど、意外に簡単だった。

ちなみに僕が作成するのは、『定年前から始める男の自由時間 真空管アンプ・スピーカー作りに挑戦!』(技術評論社2005)に載っている6L6GCのシングルアンプだ(シャーシが違うので寸法は違う)。

で、電源トランス用の四角い穴を明ける際、掲載されている写真を見ても、現物の電源トランスを手にとって見ても、やはり角穴の角は直角である必要がない。逆に直角だと、僕のような不器用な人間が加工した場合、上記書籍掲載の加工図で見る限り、角穴とビス穴は2mm程度しか離れていないので、トランス取り付け用のビス穴と、トランス本体用の穴がつながってしまう危険がある。

したがって、トランス用の角穴は角を丸く残した。電動ドリルとステップドリルで10mmの穴を4つの角になる部分に開ける。つづいて、糸鋸でギコギコやる。そうしたら、数十分とたたずに電源トランス用の穴ができた。写真を見ればわかるように、いいかげんだが、現物の電源トランスがきちんと載ることは確認スミである。

シャーシ上面の真空管放熱用の穴も、適当に穴を開けたため、左右対象ではない。はじめ不揃いな感じが気になったが、スプレーを吹き付けたら、なぜかあまり気にならなくなった(笑)。

真空管ソケット用の穴も、ステップドリルとリーマーで空けたらあっという間だった。ウン時間もかかるものじゃなかった。

真空管アンプ作成、何だかうまくいきそうな気がするぞ。僕は不器用だが、不器用なりに何とか作成をこなせそうだ。

…しかし…金属用のスプレーのはずなのに、やたらちょっとしたことでハゲるので、ちょっと困っている。まあ、いいか。

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2009年7月20日 (月)

真空管アンプに興味

真空管アンプに興味を持つようになり、最近秋葉原界隈をうろうろしています。

まあ、もとからうろうろしているんですが(パソコンも自作するくらいですので)、このたびスピーカーを自作した勢いで、真空管アンプも自作してみようと思っています!

前から真空管に興味は持っていました。真空管の温かい感じの光がいいなあ、とか、音が硬くないっていうし、どうかな、とか。でも、ずっと購入する勇気がわかなかったのですよね。既製品はたいてい、約10万はしますし、自作するとなると、どうやってケースに穴を開けるのかと…。ただでさえ苦手な工作なのに、アルミでできた板に穴を開けなくてはいけないなんて、無理難題です!

でも、スピーカーを作った勢いで、苦手なんだけど、真空管アンプをつくってみようかな、と思うようになりました。自作しようと思っていくつか本を購入し、目処をつけたのは、『定年前から始める男の自由時間 真空管アンプ・スピーカー作りに挑戦!』(技術評論社2005)に載っている、6L6GC、6SJ7、5AR4の真空管を使ったアンプです。定年前…たしかに定年前だ。あと2○年あるけどね。一応僕は、ロ○トジェネレーションとかいわれる世代なんですけど…。

で、いま、リストに沿って、パーツを秋葉原界隈で探しています。でも、この本に載っている部品のリスト、間違いが少なくとも二カ所あるんですよね。

①真空管ソケットが部品表にない。

②1L4Pラグが5つになっているが、実際には7つ必要である。

こういう間違いがけっこう最近、オーディオ誌に多いと思っていまして、編集者のおさかなとしては、はげしくチェックしてしまいます…。

さて、そんな職業病はさておき、個人的にパーツ集めで一番役立つなあ、と思うのは、ラジオデパートです。通販も利用しながら集めているのですけど、やっぱり真空管はクラシックコンポーネンツさんで、ほかの部品はラジオデパートで集めるっていうのがいい気がします。B1Fにはノグチトランスもありますしね。

あと、クラシックコンポーネンツを昨日訪れましたけど、

http://club.pep.ne.jp/classic/

品揃えがよくて、真空管だらけの店内にワクワクしてしまいました(^^)。

俺ってやっぱりアキバ系だ…。

…秋葉原にあふれるロリ系のイラストは好きになれません。でも、お台場のガンダム登場にはワクワクしてしまいます。やっぱり、アキバ系?(笑)。まあ、その昔は工業高校の電子工学部に行きたかったぐらいですから。

今年のお盆は、真空管アンプ作成だな(ニヤリ)。いまから楽しみです。

【8/9追記】

部品リストには上記に上げた2つ以外にも間違いがありました。1/2Wの220KΩの金属皮膜抵抗が4つ必要なことになっていますが、実際には2つでOKです。

そのかわり、1/2Wの220Ωの金属被膜抵抗が2つ必要です。この220Ωの抵抗はリストにありません。

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2009年7月 7日 (火)

スピーカー自作⑤/F120Aに交換

MAKIZOUさんからカット剤を購入し、スピーカーを自作。

その後、FX120を入れてならしていたが、やっぱり何だかシャリシャリする感じがひどいと感じられて気になって、ユニットを交換することにした。同じFOSTEXのF120Aに交換。

ちなみにエンクロージャーには水性のニスを3回塗ってある。きれいだとはいえないが、まあ、スピーカーらしくはなった。

Photo  実をいうと、このF120A、FOSTEXの既製品の箱=E122Bにつけて鳴らしたことがある。そのときは、ひどく音がこもった感じがして、「これならFX120の方がずっといいな」と思った経緯がある。ところが、新しくつくった自作の箱に入れたら、けっこう解像度が高く、かつボーカルもしっとりとしてかつのびやかに歌う感じ。E122Bではうもれていた中高音やベースの音も意外にハッキリ。さすがに超低音が出るわけではなく、低音の下の方はちょっと苦しいが、それでもかなり低音は出てくるので、個人的には許せる。手持ちのシステム、ならびに部屋の現状では、AUDIENCE52よりも好ましいと僕は感じている。

E122Bに入れていたときは「しっとり系の曲しか聴けやしない」感じだったけど、いまはロックやJAZZ、ポップスなどもいける。何よりもボーカルに肉声感、潤いがほんのりとあって、かつ低音もそんなにあまくなく、ロックもJAZZも静かめの曲もテンポの速い曲も聴けるというのがうれしい。

ちなみにスピーカー内部のケーブル、並びにスーパーツイータのケーブルをCHORDのCARNIVAL SILVER SCREENに変更したら、シンバルがだいぶ細やかな音に変化し、シャラシャラ、ザラザラいう感じが軽減した。まだ改善の余地もあるかもしれないが、大半の曲で個人的に許せるようになってきた。

しばらくケーブルのエージングを待ってからケーブルを交換するのか、しないのか、新たなユニットの追加などを検討するのか、などの点も考えていきたい。

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2009年7月 1日 (水)

何をいってるのやら…

田母神様が、8月6日に、「ヒロシマの平和を疑う」なる演題名で、講演をおこなうようだ。しかも、広島市で! 広島市の秋葉市長は、これに日程変更をもとめる要請文を出した。詳細は下記の通り。(魚拓)

http://s03.megalodon.jp/2009-0701-2303-56/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090629-00000124-mai-soci

日本会議の井坂さんという人は、「核兵器廃絶」が願いなのに、田母神氏の講演を8月6日にやって何が悪いんだ、っていいたいみたいですね。何をいっているのやら! 田母神氏は、日本も核武装すべきだっていってる、核武装論者ですよ。いい加減にしてください。

それにしても、8月6日にヒロシマの平和を疑うなんて題名でよく講演できるな。田母神氏のその感覚に、心から敬意を表します。これが言論の自由だなんて主催者はいいたいようですが、しかし、言論の自由は本来、権力にたたかいをいどむ人間がいってこそ意味のあることです。別に公権力も否定していないような言論の場をもうける程度で、言論封殺すんなっていうのは、おかしいです。大丈夫ですよ。日本政府もアメリカに核の傘で守ってくださいってアメリカにお願いしている。日本政府は核を否定していないし、政府中枢にも核武装を否定していない人もいるんですから、被害者ぶっているんじゃありません。

まあ、なんていうのかな。田母神氏も、日本会議の記事中の人も、核兵器の真の被害をご存じないのでしょう。僕ももちろんわかっているとはいいませんが、しかし、人を一度殺し、さらに一生人を「いつ死ぬか」「いつ病気になるか」と不安に貶め、命を奪うような兵器を使ってまで維持される、勝ち取れる平和などに意味があるのでしょうか? しかも使えば、一度に何万、何十万、何千万という人に被害を及ぼすでしょう。そんな兵器を使って維持される正義、平和など、ありはしない。僕はそう思います。

せめて戦争にルールはあるべきだし、守るべきだ。核兵器は、使われていい兵器じゃない。戦争が終わっても人を殺す兵器を使ってもいいなんて、ふざけるんじゃない。

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2009年6月23日 (火)

シベリア抑留…労働力として差し出された元日本兵たち

シベリア抑留国賠訴訟の原告団の方にお話をうかがう機会があった。

アジア・太平洋戦争後、元日本兵らがソ連軍に連行され、労働力として酷使された「シベリア抑留」では、約60万人が重労働を強制され、6万人以上が亡くなったといわれる。その抑留体験者らが、京都地裁に提訴し、国を訴えて裁判をたたかっているのだ。その結審が6月17日にあった。判決は10月に出る予定だ。

抑留体験者らが、日本政府を訴えるのはなぜか? その理由は、“シベリア抑留は、当時の日本政府や軍部の「棄民」政策の結果だ”というものだ。「国体護持」=つまり天皇制を守るために、当時の大日本帝国の政府・軍部がソ連と取り引きして、元日本兵らを労働力として供与することを申し出たのだと。
 
「棄民」政策をしめす文書の一端は、すでに一九九三年八月の共同通信社の配信記事として報道されている。この記事では、一九四五年八月末、「大本営朝枝参謀」が作成した「関東軍方面停戦状況に関する実視報告」(一九四五年八月二六日)のことが報じられているが、この文書に、次のように書いてあるという(ひらがなは、原文ではカタカナです)。

 「内地に於ける食糧事情及思想経済事情より考うるに規定方針通大陸方面に於いては在留邦人及武装解除後の軍人はソ連の庇護下に満鮮に土着せしめて生活を営む如くソ連側に依頼するを可とす」
 「満鮮に土着する者は日本国籍を離るるも支障なきとす」

 日本国籍を失っても差し障りないので、兵士をどのように処遇するかは任せますよ現地で生活するように処遇をお願いしますよ、と趣旨のことが書かれている。普通に考えて日本国籍じゃなくなってもいいですよ、とはずいぶん勝手だよね。マジで。

 また、この記事とは別に、次のような公文書もある。

  「次は軍人の処置であります。之につきましても当然貴軍にてご計画あることと存じまするが、元々満州に生業を有し家庭を有するもの並に希望者は満州にとどまって貴軍の経営に協力せしめ、其他は逐次内地に帰還せしめられ度いと存じます。右期間迄の間に於きましては、極力貴軍の経営に協力する如く御使ひ願ひ度いと思います」※関東軍総司令部による「ワシレフスキー元帥に対する報告」(一九四五年八月二九日)

 上記の文書を見て不思議なのは、実際に〝「希望者」がシベリア抑留に供せられた〟ことはあったのかということだ。僕が今回聞いた証言、並びに、いただいた証言(書面)では、整然と日本軍自身によって武装解除がされ、末端の兵士たちは整然と行進し、方角もわからぬまま連れて行かれた先が収容所だったとか、あるいは「帰国だ」と聞かされて船に乗せられたが、ついた先が収容所だった、などのような体験が語られているだけだ。

 シベリア抑留が「日本だけが悪い」わけではないのはもちろんだが、しかし日本政府は犯罪的な役割をはたしたし、兵士を見捨てたことは疑いようのない事実だといえるだろう。シベリア抑留は“ソ連が勝利したことをいいことに、日本兵を労働力として使い回した”だけの問題ではなく、日本軍中枢が元日本兵士らを見捨てた棄民・棄兵の結果でもある。

 また、「居留民保護」が、関東軍派遣・駐留の口実であったが、最後の最後に軍部高官らは兵士や居留民を放り出して逃げ去ったのだ、とある原告は指摘していた。

 ところで、こうした棄民政策は、現代にもつながる問題である。国民を見捨て、生活を困難に貶めながら、国家は何も救済しないし補償しない。こうした政治の例は、たとえば後期高齢者医療制度、派遣切り、生活保護の「水際」作戦や打ち切り、国保証の取り上げと財産差し押さえなど、枚挙にいとまがない。原告団のお一人は、こうした棄民政策の被害者らがみんなで手をとりあって運動することが必要だという趣旨のことをおっしゃっていた。もちろん、被害者のみならず、潜在的な被害者(被害者にいつなるかもわからない)全国民が手をつなぐべきだという意味で、僕もまったくその通りだと思う。

 まあ、ですから…シベリア抑留は日本政府にも重い責任のある問題なのですよ、ということを最近知りました。日本政府の暗部は奥深い。暗部を克服してこそ、あるべき国の姿というのは見えてくるような気がします。盲目的な〝信仰〟は必要ないよね。棄民をして恥じない日本政府の体質こそ克服したい。その克服には、多くの国民の力(行動をともなう意思)が必要なんだが。

 なお、シベリア抑留には一般住民、朝鮮国籍の軍属なども含まれていたようでございます…。

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2009年6月17日 (水)

スピーカー自作④/スーパーツイーター追加

FOSTEXのスーパーツイーター、T90Aをつけてみた。

P6170023  FX120単体では、シンバルの余韻がザラザラとした音ですごく気になったのだけど、T90Aをつけるとあら不思議。何だかすごく自然できめ細やかなシンバルの音へと変化したのだ。そのほかの音も、とくに中高域で細かい音が聞こえるように変化した。

 ただ、やっぱり音が細いというか、硬い感じではある。まだ購入したばかりでエージングがすすんでいないからだろうか? とりあえずムンドルフのコンデンサを0.47μFから0.22μFに変更。それでもまだ少々音が耳につくので、Fx120よりもツイーターをやや外側に向けた。これで多少落ち着いた。

何にしても、スーパーツイーターをつけたらこんなにシンバルの音がよくなるとは思っていなかった。おそるべし、スーパーツイーター。エージングで音が落ち着くかどうかみなければ最終的な評価はできないが、効果は想像以上に大きかった。近くにいって耳をあてると、シャラシャラ、シンシンいっているだけなのに。

これならペアで3万出してもおしくないか。買うまでは「高いなあ」と正直思っていたんだけど。もうちょっと音が柔らかくなるとベストなんだけど。

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2009年6月 7日 (日)

スピーカー自作③

本日、待望のスピーカー用の木材(カット済)が、MAKIZOUさんから届きました! 本当はMAKIZOUさんは2日の日に発送してくれたのですが、運送会社が6時以降は届けていただけないというわけで、今日まで木材を受け取れなかったのです…。平日6時なんて、家に帰れるわけないっちゅうねん。

…まあ、でも、平日に木材を組み立てるなんてこともできるわけもないのですが。

今日はほぼ一日がかりでした。

ユニットはフォステクスのFX120。

で、MAKIZOUさんのカットの精度が非常に高かったので、組み立てるのは楽でした。木工用ボンドでひょい、ひょいと。

一応、内部にはジェルカラーニスを塗り(1回しか塗りませんでしたけど)、定在派とやらをふせぐために、片面にだけ、ニードルフェルトっていう吸音剤を張りました。一応、ダクトの上面にも張っておきました。

スピーカーの図面は、下記URL参照。

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/05/post-48c4.html

で、外面はまだ塗装していませんが。現時点での感想。

FOSTEXのE122Bとはえらい違いです。吸音剤などを考慮に入れても、おそらく12リットルぐらいの容量があるせいか、音の出方に若干余裕があるようです(E122Bは10リットル程度)。音もE122Bと比べると、細かいニュアンスが出てくるようになりました。もちろん、ディナウディオのオーディエンス52に情報量はかなうはずもありませんが、大きく改善したな、というのが印象です。

気になっていたシャリシャリ感もまだ残っていますが、かなり改善しました。期待はしていましたが、期待以上ではあります。ザラザラした感じが少し細やかになったという印象。木材のせいもあるかもしれませんが(スーパーシナアピトン合板)。

まあまあいいですな。ステージ感が、もう少し出るといいんだけど。

それにしても…FOSTEXの既製品のエンクロージャーは、やっぱりやや品質が悪いように思います。アレを買うんだったら、木材をカットして、自作する方がおすすめです。

意外にいい感じなので、後はスーパーツイーター追加しようかな。

Photo

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2009年5月24日 (日)

イラク報告会の報告です③

森住さん、高遠さん、志葉さんのイラク報告会の前回、前々回のエントリは下記。

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/05/post-7d9a.html

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/05/post-8147.html

前回、前々回の報告にくわえて、3点だけ、印象に残ったことを書きます。

■1■まず、一点は、高遠さんがイラクに5年ぶりに入れたことで、「とまっていた時計が動き出した」という趣旨のことを話していました。

高遠さんのブログにも書かれていますが、

http://iraqhope.exblog.jp/10912207/

イラク戦争が始まって「なぜイラクに日本は軍隊を送ったのか」とイラクでバッシングされ、日本では人質事件で「つかまったのは自己責任」だというバッシングを受けた。イラク国内の協力者とともに学校再建のプロジェクトなどをおこなってきた高遠さんでしたが、ずっとイラクには入れませんでした。あの事件以来、時計の針が止まっていたという高遠さんは、今回イラクに入り、「おめでとう」「よくきたね」と迎えてもらえた。これが非常に大きな意味をもったようです。

まあ、くわしくはちょっとうまい言葉が思いつかないので、高遠さんのブログを読んで下さい。気持ちが伝わってくると思うので。

■2■2点目は、「日本の憲法第9条の精神を実践しているのは、実は厳しい状況におかれた紛争地の人たちだ」という趣旨の話をしたこと。これは①で話した覚醒委員会の人たちを中心にした、治安回復、米軍撤退の交渉の努力などのことを指しています。とりわけ、米軍に殺されてもおかしくない中を、丸腰で歩いたってことをさして、「そんなこと、日本でできる人はそんなにいないでしょう」と高遠さん。同感です。

■3■3点目は、ロイターが高遠さん一行がイラクに入ったことを受け、在イラクの日本大使館が大あわてで高遠さんらの同意を得ず、護衛をつけたことです。ロイターに大使館が一行の連絡先を教えるようにしつこく迫り、イラクの武装警官を護衛につけたそうです。実は高遠さんたちは覚醒委員会の人たちの協力を得て、ほとんど装備無しで行動していたそうです。「それで十分だった」と志葉さん。しかし武装警官が何人もついて、ピックアップトラックで2台もついて高遠さんたちのまわりにくっついてきたそうです。

このことで取材したかった人がいたが、武装警官がいることを理由に取材を断った人もいたということです。また、志葉さんいわく、「武装警官に引き返してもらった方がいいのか」と覚醒委員会に聞いたら「もう遅い」といわれ、武装警官がついてきたことで「危険になった」といったそうです。どういうことかというと、ラマディは治安は改善したとはいえ、まったくの安全というわけではない。また、イラクの武装警官は、アメリカといっしょになって、国民を虐げてきたからです。まあ、イラク国民の反感を買いかねないし、反米強硬派の的に成りかねないというわけです。志葉さんいわくでっかい銃を持って護衛にあたられたので「目立って仕方ない」といっていました。

重装備で護衛することが、必ずしも安全を確保・向上させられるとは限らないということを感じさせるエピソードだな、と思いました。

(報告会の報告は、とりあえず以上です)

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2009年5月23日 (土)

イラク報告会の報告です②

イラク報告会のつづき。前回は覚醒委員会のことを述べたが、話はそれだけではない。

一回目は、下記URL参照。

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/05/post-7d9a.html

僕が話を聞いて、驚いたエピソードがある。それは、高遠さんがイラクでボランティア活動をする際の「相棒」、カーシムさんの兄は米軍によって「殺された」のだ。

高遠さんいわく、カーシムさんの兄は結婚していて、子どもがいた。だが、交通事故に遭い、出血した。助手席にいた子どもは偶然にも窓から外に放り出されて助かったが、兄は重傷を負った。すぐに周囲の人たちがかけつけて救出し、親戚に連絡をとった。親戚が駆けつけて、車で病院に向かった。ところが当時、病院の近くには、多くのところで米兵の検問があった。米兵は、何時間も検問を通さなかった。時々米兵は脈を測って(死んでいないかどうか確認しているのだ!)、米兵が通ってもよいといったときには、すでに兄は息絶えた時だった。

こんなひどいことってあるだろうか? 病院ぐらいさっさと通せよ。

だが、そんなことはイラクでは日常だった。この日、3人が語ったのは、次のような実情だった。

▽ある産科病院では、米兵の検問があったために病院へたどり着けず、長時間待たされてようやく通されたときには、途中の道で子どもが産まれてしまう、などのこともあった。
(なお、産まれてくる子どもの3%ぐらいが奇形。劣化ウラン弾の影響?)
▽あるジャーナリストは、自宅アパートを米軍に攻撃された。奇跡的に助かったがアパートはずたずたになり、壁には巨大な穴が空いた。
▽アンバール州のカイムという街では、砂漠にテントを張って結婚式をしていたが、米軍が攻撃を加え、虐殺をおこなった。
▽通りにでた親子連れが米軍にねらわれ、親が殺された。子どもはまだ小さかったが、他の住民も子どもを助けようとすれば自分が狙われる。仕方ないので、住民はロープでその幼い子どもをひっかけ、救けた。

また、これは「フライデー」(2009.5.29号)にも紹介されているが、米軍はラマディで大量虐殺をおこない、その墓地が街中にいくつもあるそうだ。3人が今回訪れたあるひとつの墓地(ラマディ)だけでも、「数えたら2000人ぐらいいた」(森住さん)という。その中には米軍の大量虐殺のため、誰か誰かわからず、名無しのものも多かったそうだ。
本来は、こうしたお墓は郊外につくるのだそうだ。だが、なぜ街中にあるのか? しかもそこはもともと公園だったという。

理由は簡単で、米軍が街を封鎖した上で、ラマディで虐殺をおこなったからだ。2006年には「インクスポット作戦」なるものがおこなわれた(一点を米軍が占拠し、そこからインクが染みいるように攻撃、制圧していくので、こういう名前がついているのだそうだ)。住民は街の外に出られないため、空き地を使って墓地をつくった。だから公園が墓地になってしまったのだ。

報告を聞いて、住民を虐殺すること、殺すことのどこが、世界の平和のためなんだ? こんな戦争を支持する日本政府も、いったい何様なんだ? との思いがあらためてこみ上げた。

(つづく)

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イラク報告会の報告です①

昨日、明治大学のリバティタワーで、イラクを訪れた3人による報告会がおこなわれた。報告者はイラクの支援・ボランティアをしてきた高遠菜穂子さんと写真家の森住さん、ジャーナリストの志葉玲さん。

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/05/post-7a47.html

今回行ってきたのは、アンバール州という、イラク西部の地域。時期は4月下旬。8泊9日で、大半がラマディ、1日だけファルージャ。ファルージャは掃討作戦で有名になったが、ラマディもまた、米軍の掃討作戦の犠牲になった街だということだった。

高遠さん、志葉さん、森住さんの三人で行動をともにし、地元の人の協力を受けながらのイラク訪問だったそうだ。

高遠さんといえば、2004年に「自己責任」だとずいぶんバッシングされた。その彼女が5年ぶりにイラクに入ることができた! そのこと自体が、僕にとってはうれしいことだった。

3人が同様に語ったのは、アンバール州の治安は現在、かなり劇的に改善したとのことだった。森住さんが写真を見せてくれたが、夜中に買い物にいったり、アイスクリーム屋さんにいく人などがいて、大人だけでなく子どもも夜出歩く姿が見られたそうだ。日本人がきたぞというので、めずらしがってフレンドリーに迎えられたということだ。

なぜ、アンバール州の治安が改善したのか? 米軍の成果なのか? そうではない。地元の部族社会を基礎とした「覚醒委員会」の命がけのとりくみがあったようだ。

「覚醒委員会」というと、高遠さんいわく、ブッシュ大統領が「覚醒委員会と手を組んだ」などといっていたので、「米国に金で買われたあやしい人たち」だと思っていたそうだが、実際はアンバール州では、「覚醒委員会」が米軍を撤退させ、自分たちで治安を回復させるとりくみをおこなったそうだ。

覚醒委員会の治安改善のとりくみは、主に高遠さんが語ってくれた。交渉を何回も重ね、交渉の最終段階になって、何年かかっても治安を回復できない米軍に「覚醒委員会に3日くれるか、米軍が3カ月で治安を回復するか、どちらかだ」と迫り、米軍側が「やってみろ」といったところ、覚醒委員会が平定作戦をおこなって、本当に治安を回復させたということだった。米軍はほとんど最初、平定できるとは信用していなかったそうだ。

なぜそんなことが可能だったのか?
高遠さんはつぎのようにいった。

「市民は、米軍には情報を渡さない。しかし部族には話す」

どこに怪しいヤツがいる…などの情報を、部族には話す。そのことが治安回復につながったということだった。当たり前のことだが、治安悪化のなかで、そんな平定をよく決意したなあ。考えてみればすごいことだ。きっと。

上記の話と関係するのかどうかよくわからないが、高遠さんは次のようなエピソードも紹介してくれた。

▽覚醒委員会のその地域の代表で、ある部族の有力者は、自分の家の前の通りを米軍に占拠されていた。仕方ないので裏口から出入りしていたが、「覚醒委員会は親米派」だと思われたのか、やがて家の裏手に反米強硬派の武装勢力がしめるようになった。表からも裏からも出入りできない。そのときにこの部族有力者は、近くにある米軍基地まで丸腰で歩いた。

「丸腰で歩く」ということは、イラクでは「死んでも当たり前」の行為だ。イラクでなぜたくさんの人が死んでいるか? “武装勢力がはびこっている”という理由の他に、米軍が無差別殺人を行っているからだ。志葉さんによれば、ラマディのある地域では米軍が占拠し、そこを通る者は民間人であろうが何だろうが米軍のスナイパーがいて、射殺したという通りがイラクにはあったそうだ(「ハンティングロード」と呼ばれていた)。もちろんそのことが知れ渡って住民は通らないようにしていたが、それでも1日に3人ぐらいのペースでイラクの人たちが射殺されていた、という話を聞いたと志葉さんは語った。それぐらい、米兵が住民を殺すのは、当たり前だったということだ。

話を元に戻す。

▽この部族有力者は、米軍基地の入り口で責任者を出せといい、その日は自宅の連絡先を教えて帰った。後日米軍から連絡が来て、家に来た。この部族有力者は、最初は本音を語らず、米兵を何回ももてなし続け(それが部族社会のやり方だと高遠さんはいっていた)、やがて交渉して米兵の地域からの撤退を実現した。

高遠さんは、アンバールでうまくいったからといって、それがイラクの他の地域でもうまくいくとは限らないといっていた。それは僕も同感だ。でも、米軍、武装、それが安全確保…のような意見は、つくづく吟味を繰り返さなければならないと感じさせられた。

報告が長くなりそうなので、あと何回か概要報告を続けることにする。…あと2回ぐらいかな?

(つづく)

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2009年5月22日 (金)

森住さん、高遠さん、志葉さんのイラク報告会。

下記のメールがきたので、お知らせします。…っていうか、今日だな(笑)。僕は行きますよ。

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写真家の森住です。

このたび訪問したイラクの緊急報告会を開催することになりました。
高遠菜穂子さんとジャーナリストの志葉玲さんと森住の3人で行います。

日時:2009年5月22日(金)
場所:明治大学駿河台キャンパス
リバティタワー8階1083教室
開場:18:00
開会:18:30
資料代:500円

<明治大学駿河台キャンパス>
〒101-8301 東京都千代田区神田駿河台1-1
■JR中央線・総武線、東京メトロ丸ノ内線/御茶ノ水駅 下車徒歩3分 ■東京メト
ロ千代田線/新御茶ノ水駅 下車徒歩5分
■都営地下鉄三田線・新宿線、東京メトロ半蔵門線/神保町駅 下車徒歩5分
共催:イラクホープネットワーク 現代史研究会 問い合わせ:
info08*iraq-hope.net 03-6228-0746(JIM-NET事務所)

以下のサイトをクリックして、チラシをダウンロード出来ます。宣伝してくださる方
ご自由にお使いください。
http://morizumiphoto.sakura.ne.jp/sblo_files/mphoto/image/1A1A1A_meidai.doc
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森住 卓

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