2009年7月 7日 (火)

スピーカー自作⑤/F120Aに交換

MAKIZOUさんからカット剤を購入し、スピーカーを自作。

その後、FX120を入れてならしていたが、やっぱり何だかシャリシャリする感じがひどいと感じられて気になって、ユニットを交換することにした。同じFOSTEXのF120Aに交換。

ちなみにエンクロージャーには水性のニスを3回塗ってある。きれいだとはいえないが、まあ、スピーカーらしくはなった。

Photo  実をいうと、このF120A、FOSTEXの既製品の箱=E122Bにつけて鳴らしたことがある。そのときは、ひどく音がこもった感じがして、「これならFX120の方がずっといいな」と思った経緯がある。ところが、新しくつくった自作の箱に入れたら、けっこう解像度が高く、かつボーカルもしっとりとしてかつのびやかに歌う感じ。E122Bではうもれていた中高音やベースの音も意外にハッキリ。さすがに超低音が出るわけではなく、低音の下の方はちょっと苦しいが、それでもかなり低音は出てくるので、個人的には許せる。手持ちのシステム、ならびに部屋の現状では、AUDIENCE52よりも好ましいと僕は感じている。

E122Bに入れていたときは「しっとり系の曲しか聴けやしない」感じだったけど、いまはロックやJAZZ、ポップスなどもいける。何よりもボーカルに肉声感、潤いがほんのりとあって、かつ低音もそんなにあまくなく、ロックもJAZZも静かめの曲もテンポの速い曲も聴けるというのがうれしい。

ちなみにスピーカー内部のケーブル、並びにスーパーツイータのケーブルをCHORDのCARNIVAL SILVER SCREENに変更したら、シンバルがだいぶ細やかな音に変化し、シャラシャラ、ザラザラいう感じが軽減した。まだ改善の余地もあるかもしれないが、大半の曲で個人的に許せるようになってきた。

しばらくケーブルのエージングを待ってからケーブルを交換するのか、しないのか、新たなユニットの追加などを検討するのか、などの点も考えていきたい。

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2009年7月 1日 (水)

何をいってるのやら…

田母神様が、8月6日に、「ヒロシマの平和を疑う」なる演題名で、講演をおこなうようだ。しかも、広島市で! 広島市の秋葉市長は、これに日程変更をもとめる要請文を出した。詳細は下記の通り。(魚拓)

http://s03.megalodon.jp/2009-0701-2303-56/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090629-00000124-mai-soci

日本会議の井坂さんという人は、「核兵器廃絶」が願いなのに、田母神氏の講演を8月6日にやって何が悪いんだ、っていいたいみたいですね。何をいっているのやら! 田母神氏は、日本も核武装すべきだっていってる、核武装論者ですよ。いい加減にしてください。

それにしても、8月6日にヒロシマの平和を疑うなんて題名でよく講演できるな。田母神氏のその感覚に、心から敬意を表します。これが言論の自由だなんて主催者はいいたいようですが、しかし、言論の自由は本来、権力にたたかいをいどむ人間がいってこそ意味のあることです。別に公権力も否定していないような言論の場をもうける程度で、言論封殺すんなっていうのは、おかしいです。大丈夫ですよ。日本政府もアメリカに核の傘で守ってくださいってアメリカにお願いしている。日本政府は核を否定していないし、政府中枢にも核武装を否定していない人もいるんですから、被害者ぶっているんじゃありません。

まあ、なんていうのかな。田母神氏も、日本会議の記事中の人も、核兵器の真の被害をご存じないのでしょう。僕ももちろんわかっているとはいいませんが、しかし、人を一度殺し、さらに一生人を「いつ死ぬか」「いつ病気になるか」と不安に貶め、命を奪うような兵器を使ってまで維持される、勝ち取れる平和などに意味があるのでしょうか? しかも使えば、一度に何万、何十万、何千万という人に被害を及ぼすでしょう。そんな兵器を使って維持される正義、平和など、ありはしない。僕はそう思います。

せめて戦争にルールはあるべきだし、守るべきだ。核兵器は、使われていい兵器じゃない。戦争が終わっても人を殺す兵器を使ってもいいなんて、ふざけるんじゃない。

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2009年6月23日 (火)

シベリア抑留…労働力として差し出された元日本兵たち

シベリア抑留国賠訴訟の原告団の方にお話をうかがう機会があった。

アジア・太平洋戦争後、元日本兵らがソ連軍に連行され、労働力として酷使された「シベリア抑留」では、約60万人が重労働を強制され、6万人以上が亡くなったといわれる。その抑留体験者らが、京都地裁に提訴し、国を訴えて裁判をたたかっているのだ。その結審が6月17日にあった。判決は10月に出る予定だ。

抑留体験者らが、日本政府を訴えるのはなぜか? その理由は、“シベリア抑留は、当時の日本政府や軍部の「棄民」政策の結果だ”というものだ。「国体護持」=つまり天皇制を守るために、当時の大日本帝国の政府・軍部がソ連と取り引きして、元日本兵らを労働力として供与することを申し出たのだと。
 
「棄民」政策をしめす文書の一端は、すでに一九九三年八月の共同通信社の配信記事として報道されている。この記事では、一九四五年八月末、「大本営朝枝参謀」が作成した「関東軍方面停戦状況に関する実視報告」(一九四五年八月二六日)のことが報じられているが、この文書に、次のように書いてあるという(ひらがなは、原文ではカタカナです)。

 「内地に於ける食糧事情及思想経済事情より考うるに規定方針通大陸方面に於いては在留邦人及武装解除後の軍人はソ連の庇護下に満鮮に土着せしめて生活を営む如くソ連側に依頼するを可とす」
 「満鮮に土着する者は日本国籍を離るるも支障なきとす」

 日本国籍を失っても差し障りないので、兵士をどのように処遇するかは任せますよ現地で生活するように処遇をお願いしますよ、と趣旨のことが書かれている。普通に考えて日本国籍じゃなくなってもいいですよ、とはずいぶん勝手だよね。マジで。

 また、この記事とは別に、次のような公文書もある。

  「次は軍人の処置であります。之につきましても当然貴軍にてご計画あることと存じまするが、元々満州に生業を有し家庭を有するもの並に希望者は満州にとどまって貴軍の経営に協力せしめ、其他は逐次内地に帰還せしめられ度いと存じます。右期間迄の間に於きましては、極力貴軍の経営に協力する如く御使ひ願ひ度いと思います」※関東軍総司令部による「ワシレフスキー元帥に対する報告」(一九四五年八月二九日)

 上記の文書を見て不思議なのは、実際に〝「希望者」がシベリア抑留に供せられた〟ことはあったのかということだ。僕が今回聞いた証言、並びに、いただいた証言(書面)では、整然と日本軍自身によって武装解除がされ、末端の兵士たちは整然と行進し、方角もわからぬまま連れて行かれた先が収容所だったとか、あるいは「帰国だ」と聞かされて船に乗せられたが、ついた先が収容所だった、などのような体験が語られているだけだ。

 シベリア抑留が「日本だけが悪い」わけではないのはもちろんだが、しかし日本政府は犯罪的な役割をはたしたし、兵士を見捨てたことは疑いようのない事実だといえるだろう。シベリア抑留は“ソ連が勝利したことをいいことに、日本兵を労働力として使い回した”だけの問題ではなく、日本軍中枢が元日本兵士らを見捨てた棄民・棄兵の結果でもある。

 また、「居留民保護」が、関東軍派遣・駐留の口実であったが、最後の最後に軍部高官らは兵士や居留民を放り出して逃げ去ったのだ、とある原告は指摘していた。

 ところで、こうした棄民政策は、現代にもつながる問題である。国民を見捨て、生活を困難に貶めながら、国家は何も救済しないし補償しない。こうした政治の例は、たとえば後期高齢者医療制度、派遣切り、生活保護の「水際」作戦や打ち切り、国保証の取り上げと財産差し押さえなど、枚挙にいとまがない。原告団のお一人は、こうした棄民政策の被害者らがみんなで手をとりあって運動することが必要だという趣旨のことをおっしゃっていた。もちろん、被害者のみならず、潜在的な被害者(被害者にいつなるかもわからない)全国民が手をつなぐべきだという意味で、僕もまったくその通りだと思う。

 まあ、ですから…シベリア抑留は日本政府にも重い責任のある問題なのですよ、ということを最近知りました。日本政府の暗部は奥深い。暗部を克服してこそ、あるべき国の姿というのは見えてくるような気がします。盲目的な〝信仰〟は必要ないよね。棄民をして恥じない日本政府の体質こそ克服したい。その克服には、多くの国民の力(行動をともなう意思)が必要なんだが。

 なお、シベリア抑留には一般住民、朝鮮国籍の軍属なども含まれていたようでございます…。

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2009年6月17日 (水)

スピーカー自作④/スーパーツイーター追加

FOSTEXのスーパーツイーター、T90Aをつけてみた。

P6170023  FX120単体では、シンバルの余韻がザラザラとした音ですごく気になったのだけど、T90Aをつけるとあら不思議。何だかすごく自然できめ細やかなシンバルの音へと変化したのだ。そのほかの音も、とくに中高域で細かい音が聞こえるように変化した。

 ただ、やっぱり音が細いというか、硬い感じではある。まだ購入したばかりでエージングがすすんでいないからだろうか? とりあえずムンドルフのコンデンサを0.47μFから0.22μFに変更。それでもまだ少々音が耳につくので、Fx120よりもツイーターをやや外側に向けた。これで多少落ち着いた。

何にしても、スーパーツイーターをつけたらこんなにシンバルの音がよくなるとは思っていなかった。おそるべし、スーパーツイーター。エージングで音が落ち着くかどうかみなければ最終的な評価はできないが、効果は想像以上に大きかった。近くにいって耳をあてると、シャラシャラ、シンシンいっているだけなのに。

これならペアで3万出してもおしくないか。買うまでは「高いなあ」と正直思っていたんだけど。もうちょっと音が柔らかくなるとベストなんだけど。

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2009年6月 7日 (日)

スピーカー自作③

本日、待望のスピーカー用の木材(カット済)が、MAKIZOUさんから届きました! 本当はMAKIZOUさんは2日の日に発送してくれたのですが、運送会社が6時以降は届けていただけないというわけで、今日まで木材を受け取れなかったのです…。平日6時なんて、家に帰れるわけないっちゅうねん。

…まあ、でも、平日に木材を組み立てるなんてこともできるわけもないのですが。

今日はほぼ一日がかりでした。

ユニットはフォステクスのFX120。

で、MAKIZOUさんのカットの精度が非常に高かったので、組み立てるのは楽でした。木工用ボンドでひょい、ひょいと。

一応、内部にはジェルカラーニスを塗り(1回しか塗りませんでしたけど)、定在派とやらをふせぐために、片面にだけ、ニードルフェルトっていう吸音剤を張りました。一応、ダクトの上面にも張っておきました。

スピーカーの図面は、下記URL参照。

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/05/post-48c4.html

で、外面はまだ塗装していませんが。現時点での感想。

FOSTEXのE122Bとはえらい違いです。吸音剤などを考慮に入れても、おそらく12リットルぐらいの容量があるせいか、音の出方に若干余裕があるようです(E122Bは10リットル程度)。音もE122Bと比べると、細かいニュアンスが出てくるようになりました。もちろん、ディナウディオのオーディエンス52に情報量はかなうはずもありませんが、大きく改善したな、というのが印象です。

気になっていたシャリシャリ感もまだ残っていますが、かなり改善しました。期待はしていましたが、期待以上ではあります。ザラザラした感じが少し細やかになったという印象。木材のせいもあるかもしれませんが(スーパーシナアピトン合板)。

まあまあいいですな。ステージ感が、もう少し出るといいんだけど。

それにしても…FOSTEXの既製品のエンクロージャーは、やっぱりやや品質が悪いように思います。アレを買うんだったら、木材をカットして、自作する方がおすすめです。

意外にいい感じなので、後はスーパーツイーター追加しようかな。

Photo

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2009年5月24日 (日)

イラク報告会の報告です③

森住さん、高遠さん、志葉さんのイラク報告会の前回、前々回のエントリは下記。

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/05/post-7d9a.html

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/05/post-8147.html

前回、前々回の報告にくわえて、3点だけ、印象に残ったことを書きます。

■1■まず、一点は、高遠さんがイラクに5年ぶりに入れたことで、「とまっていた時計が動き出した」という趣旨のことを話していました。

高遠さんのブログにも書かれていますが、

http://iraqhope.exblog.jp/10912207/

イラク戦争が始まって「なぜイラクに日本は軍隊を送ったのか」とイラクでバッシングされ、日本では人質事件で「つかまったのは自己責任」だというバッシングを受けた。イラク国内の協力者とともに学校再建のプロジェクトなどをおこなってきた高遠さんでしたが、ずっとイラクには入れませんでした。あの事件以来、時計の針が止まっていたという高遠さんは、今回イラクに入り、「おめでとう」「よくきたね」と迎えてもらえた。これが非常に大きな意味をもったようです。

まあ、くわしくはちょっとうまい言葉が思いつかないので、高遠さんのブログを読んで下さい。気持ちが伝わってくると思うので。

■2■2点目は、「日本の憲法第9条の精神を実践しているのは、実は厳しい状況におかれた紛争地の人たちだ」という趣旨の話をしたこと。これは①で話した覚醒委員会の人たちを中心にした、治安回復、米軍撤退の交渉の努力などのことを指しています。とりわけ、米軍に殺されてもおかしくない中を、丸腰で歩いたってことをさして、「そんなこと、日本でできる人はそんなにいないでしょう」と高遠さん。同感です。

■3■3点目は、ロイターが高遠さん一行がイラクに入ったことを受け、在イラクの日本大使館が大あわてで高遠さんらの同意を得ず、護衛をつけたことです。ロイターに大使館が一行の連絡先を教えるようにしつこく迫り、イラクの武装警官を護衛につけたそうです。実は高遠さんたちは覚醒委員会の人たちの協力を得て、ほとんど装備無しで行動していたそうです。「それで十分だった」と志葉さん。しかし武装警官が何人もついて、ピックアップトラックで2台もついて高遠さんたちのまわりにくっついてきたそうです。

このことで取材したかった人がいたが、武装警官がいることを理由に取材を断った人もいたということです。また、志葉さんいわく、「武装警官に引き返してもらった方がいいのか」と覚醒委員会に聞いたら「もう遅い」といわれ、武装警官がついてきたことで「危険になった」といったそうです。どういうことかというと、ラマディは治安は改善したとはいえ、まったくの安全というわけではない。また、イラクの武装警官は、アメリカといっしょになって、国民を虐げてきたからです。まあ、イラク国民の反感を買いかねないし、反米強硬派の的に成りかねないというわけです。志葉さんいわくでっかい銃を持って護衛にあたられたので「目立って仕方ない」といっていました。

重装備で護衛することが、必ずしも安全を確保・向上させられるとは限らないということを感じさせるエピソードだな、と思いました。

(報告会の報告は、とりあえず以上です)

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2009年5月23日 (土)

イラク報告会の報告です②

イラク報告会のつづき。前回は覚醒委員会のことを述べたが、話はそれだけではない。

一回目は、下記URL参照。

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/05/post-7d9a.html

僕が話を聞いて、驚いたエピソードがある。それは、高遠さんがイラクでボランティア活動をする際の「相棒」、カーシムさんの兄は米軍によって「殺された」のだ。

高遠さんいわく、カーシムさんの兄は結婚していて、子どもがいた。だが、交通事故に遭い、出血した。助手席にいた子どもは偶然にも窓から外に放り出されて助かったが、兄は重傷を負った。すぐに周囲の人たちがかけつけて救出し、親戚に連絡をとった。親戚が駆けつけて、車で病院に向かった。ところが当時、病院の近くには、多くのところで米兵の検問があった。米兵は、何時間も検問を通さなかった。時々米兵は脈を測って(死んでいないかどうか確認しているのだ!)、米兵が通ってもよいといったときには、すでに兄は息絶えた時だった。

こんなひどいことってあるだろうか? 病院ぐらいさっさと通せよ。

だが、そんなことはイラクでは日常だった。この日、3人が語ったのは、次のような実情だった。

▽ある産科病院では、米兵の検問があったために病院へたどり着けず、長時間待たされてようやく通されたときには、途中の道で子どもが産まれてしまう、などのこともあった。
(なお、産まれてくる子どもの3%ぐらいが奇形。劣化ウラン弾の影響?)
▽あるジャーナリストは、自宅アパートを米軍に攻撃された。奇跡的に助かったがアパートはずたずたになり、壁には巨大な穴が空いた。
▽アンバール州のカイムという街では、砂漠にテントを張って結婚式をしていたが、米軍が攻撃を加え、虐殺をおこなった。
▽通りにでた親子連れが米軍にねらわれ、親が殺された。子どもはまだ小さかったが、他の住民も子どもを助けようとすれば自分が狙われる。仕方ないので、住民はロープでその幼い子どもをひっかけ、救けた。

また、これは「フライデー」(2009.5.29号)にも紹介されているが、米軍はラマディで大量虐殺をおこない、その墓地が街中にいくつもあるそうだ。3人が今回訪れたあるひとつの墓地(ラマディ)だけでも、「数えたら2000人ぐらいいた」(森住さん)という。その中には米軍の大量虐殺のため、誰か誰かわからず、名無しのものも多かったそうだ。
本来は、こうしたお墓は郊外につくるのだそうだ。だが、なぜ街中にあるのか? しかもそこはもともと公園だったという。

理由は簡単で、米軍が街を封鎖した上で、ラマディで虐殺をおこなったからだ。2006年には「インクスポット作戦」なるものがおこなわれた(一点を米軍が占拠し、そこからインクが染みいるように攻撃、制圧していくので、こういう名前がついているのだそうだ)。住民は街の外に出られないため、空き地を使って墓地をつくった。だから公園が墓地になってしまったのだ。

報告を聞いて、住民を虐殺すること、殺すことのどこが、世界の平和のためなんだ? こんな戦争を支持する日本政府も、いったい何様なんだ? との思いがあらためてこみ上げた。

(つづく)

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イラク報告会の報告です①

昨日、明治大学のリバティタワーで、イラクを訪れた3人による報告会がおこなわれた。報告者はイラクの支援・ボランティアをしてきた高遠菜穂子さんと写真家の森住さん、ジャーナリストの志葉玲さん。

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/05/post-7a47.html

今回行ってきたのは、アンバール州という、イラク西部の地域。時期は4月下旬。8泊9日で、大半がラマディ、1日だけファルージャ。ファルージャは掃討作戦で有名になったが、ラマディもまた、米軍の掃討作戦の犠牲になった街だということだった。

高遠さん、志葉さん、森住さんの三人で行動をともにし、地元の人の協力を受けながらのイラク訪問だったそうだ。

高遠さんといえば、2004年に「自己責任」だとずいぶんバッシングされた。その彼女が5年ぶりにイラクに入ることができた! そのこと自体が、僕にとってはうれしいことだった。

3人が同様に語ったのは、アンバール州の治安は現在、かなり劇的に改善したとのことだった。森住さんが写真を見せてくれたが、夜中に買い物にいったり、アイスクリーム屋さんにいく人などがいて、大人だけでなく子どもも夜出歩く姿が見られたそうだ。日本人がきたぞというので、めずらしがってフレンドリーに迎えられたということだ。

なぜ、アンバール州の治安が改善したのか? 米軍の成果なのか? そうではない。地元の部族社会を基礎とした「覚醒委員会」の命がけのとりくみがあったようだ。

「覚醒委員会」というと、高遠さんいわく、ブッシュ大統領が「覚醒委員会と手を組んだ」などといっていたので、「米国に金で買われたあやしい人たち」だと思っていたそうだが、実際はアンバール州では、「覚醒委員会」が米軍を撤退させ、自分たちで治安を回復させるとりくみをおこなったそうだ。

覚醒委員会の治安改善のとりくみは、主に高遠さんが語ってくれた。交渉を何回も重ね、交渉の最終段階になって、何年かかっても治安を回復できない米軍に「覚醒委員会に3日くれるか、米軍が3カ月で治安を回復するか、どちらかだ」と迫り、米軍側が「やってみろ」といったところ、覚醒委員会が平定作戦をおこなって、本当に治安を回復させたということだった。米軍はほとんど最初、平定できるとは信用していなかったそうだ。

なぜそんなことが可能だったのか?
高遠さんはつぎのようにいった。

「市民は、米軍には情報を渡さない。しかし部族には話す」

どこに怪しいヤツがいる…などの情報を、部族には話す。そのことが治安回復につながったということだった。当たり前のことだが、治安悪化のなかで、そんな平定をよく決意したなあ。考えてみればすごいことだ。きっと。

上記の話と関係するのかどうかよくわからないが、高遠さんは次のようなエピソードも紹介してくれた。

▽覚醒委員会のその地域の代表で、ある部族の有力者は、自分の家の前の通りを米軍に占拠されていた。仕方ないので裏口から出入りしていたが、「覚醒委員会は親米派」だと思われたのか、やがて家の裏手に反米強硬派の武装勢力がしめるようになった。表からも裏からも出入りできない。そのときにこの部族有力者は、近くにある米軍基地まで丸腰で歩いた。

「丸腰で歩く」ということは、イラクでは「死んでも当たり前」の行為だ。イラクでなぜたくさんの人が死んでいるか? “武装勢力がはびこっている”という理由の他に、米軍が無差別殺人を行っているからだ。志葉さんによれば、ラマディのある地域では米軍が占拠し、そこを通る者は民間人であろうが何だろうが米軍のスナイパーがいて、射殺したという通りがイラクにはあったそうだ(「ハンティングロード」と呼ばれていた)。もちろんそのことが知れ渡って住民は通らないようにしていたが、それでも1日に3人ぐらいのペースでイラクの人たちが射殺されていた、という話を聞いたと志葉さんは語った。それぐらい、米兵が住民を殺すのは、当たり前だったということだ。

話を元に戻す。

▽この部族有力者は、米軍基地の入り口で責任者を出せといい、その日は自宅の連絡先を教えて帰った。後日米軍から連絡が来て、家に来た。この部族有力者は、最初は本音を語らず、米兵を何回ももてなし続け(それが部族社会のやり方だと高遠さんはいっていた)、やがて交渉して米兵の地域からの撤退を実現した。

高遠さんは、アンバールでうまくいったからといって、それがイラクの他の地域でもうまくいくとは限らないといっていた。それは僕も同感だ。でも、米軍、武装、それが安全確保…のような意見は、つくづく吟味を繰り返さなければならないと感じさせられた。

報告が長くなりそうなので、あと何回か概要報告を続けることにする。…あと2回ぐらいかな?

(つづく)

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2009年5月22日 (金)

森住さん、高遠さん、志葉さんのイラク報告会。

下記のメールがきたので、お知らせします。…っていうか、今日だな(笑)。僕は行きますよ。

********************

写真家の森住です。

このたび訪問したイラクの緊急報告会を開催することになりました。
高遠菜穂子さんとジャーナリストの志葉玲さんと森住の3人で行います。

日時:2009年5月22日(金)
場所:明治大学駿河台キャンパス
リバティタワー8階1083教室
開場:18:00
開会:18:30
資料代:500円

<明治大学駿河台キャンパス>
〒101-8301 東京都千代田区神田駿河台1-1
■JR中央線・総武線、東京メトロ丸ノ内線/御茶ノ水駅 下車徒歩3分 ■東京メト
ロ千代田線/新御茶ノ水駅 下車徒歩5分
■都営地下鉄三田線・新宿線、東京メトロ半蔵門線/神保町駅 下車徒歩5分
共催:イラクホープネットワーク 現代史研究会 問い合わせ:
info08*iraq-hope.net 03-6228-0746(JIM-NET事務所)

以下のサイトをクリックして、チラシをダウンロード出来ます。宣伝してくださる方
ご自由にお使いください。
http://morizumiphoto.sakura.ne.jp/sblo_files/mphoto/image/1A1A1A_meidai.doc
--
森住 卓

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2009年5月13日 (水)

スピーカー自作②

スピーカー自作↓

http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/05/post-4ec4.html

のつづき。

結局、オリジナルのエンクロージャーをFX120用に作成することにしました(一応、F120Aも使える)。

設計図がこれ。

Photo  

 

 

 

 

設計図は、基本的にフリーソフト「SPED」で作成した物です。手書きの図(上)と、SPED作成の図(下)は、補強剤もどきがエンクロージャーの中央に通っているかどうかという点の他にも、微妙に違う点がありますが、ほぼ同じです。

Photo_2  実際にはユニットや補強剤の容積、吸音材の量などによっても特性は変わってくるでしょうが、まあまあ普通に音楽が聴けるエンクロージャーになると期待しております…。下が62Hz~65Hzぐらい出れば十分かなあ? さっそくMAKIZOUさんにカット材を依頼しました。

http://hb6.seikyou.ne.jp/home/makizou/

 納期は3週間ほどはかかりそうですが、いまから楽しみです。板厚15mm、送料込みで2万円弱。「スーパーシナアピトン合板」。

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2009年5月12日 (火)

スピーカー自作

スピーカーの自作に興味を持ち、ちょこっと挑戦しました。

僕はAUDIENCE52という、安くはないスピーカーを持っていますが、何だか温度感が足りない気がして、悪戦苦闘してきました。この温度感を何とかしたい。でも既製品のスピーカーを買い換えるのは、お金がバカにならない。じゃあ、エンクロージャーはそのままでユニットを交換したりできる自作に挑戦してみようかな、と考えた次第です。

で、買ってきたのは、FOSTEXのエンクロージャーE122Bと、同じくFOSTEXのFE127E。ちなみにE122Bは、スピーカーターミナルがしょぼいので(裸線接続しかできない)、バナナ対応のターミナルを購入して(ペアで1000円程度だったと思う)、無理やり背面に取り付けました。写真は、取り付ける前に、コードを通すための穴をあけたところ。

Photo  

 穴の位置が左にずれているが…まあ、いいや。

 

 

 

で、ユニットもとりつけて、聴いてみる。

127e  

 

 

 

 

 

 

情報量はもちろんAUDIENCEには及ばない。帯域も当然せまい感じだ。だが、思ったよりも低音は出ている。ボーカルや楽器などにも熱気が感じられる。

一方、ちょっと見過ごせないなと思う欠点は、シンバルの音がシャラシャラいうこと。余韻のはずの音がシャラシャラ、ザラザラと前面に出てきてうっとうしい。

そこで、FE127EをFX120に換えてみたが、やっぱりシャラシャラいう。でも、FX120の方が少しマシだ。イコライザで3KHz以降を下げて調整して、まあまあ気にならない程度にできた。FX120も押し出しがあり、熱気のある音を聴かせてくれる。

自作、けっこういけるかも。次はオリジナルのエンクロージャーの作成に挑戦したいと思います…。低域を少しのばしてみたい。60Hz~65Hzぐらいまででもいいから伸びてくれればいいのだけど。

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2009年4月 7日 (火)

編集長になりました

タイトルのまんま。

最近、コメントにもレスできないほど忙しかった僕ですが…。

忙しさに巻き込まれているうちに、いつの間にか僕は、とあるマイナーな雑誌の編集長になってしまいました。一年前に同様の話があったときは断っていましたので、自分でも成長したんだなあ、と思います(笑い)。まあ、僕は昇進とか役職ってモノにまったく興味がなかったのでね。でも、誰かが決意しなくちゃいけないことなんで、覚悟を決めました。

さて、編集長になってみて、まだ編集長って何するモノなんだ?ということがよくわかっていませんが、実感するのは、強烈なプレッシャーです。いずれ慣れるのかもしれませんが、やはりまがりなりにも売り物で、全国誌で、かつ読者がとっても熱心な人が多いので、とっても責任を感じるのですよね。小さな雑誌なので、レイアウト、取材、記事執筆、校正、記事依頼、企画など全部やらないといけませんが、かつ最終のゲラの点検は編集長の仕事。「ここでミスしたら、マジでやばいぞ」なんて思いながら点検するわけです。…ほっほっほ。すごいプレッシャーで、最近毎日、実は胃のあたりがもたれ気味です。質を維持しつつ、全国紙の定期発行に責任を持つのって、たいへんなことなのですね。

っつーわけで、がんばりますよ。リアル世界で僕が何の雑誌の編集者かご存知の方は、応援してくださいね。素人向けの雑誌なんであまりマニアックなことはできませんが、シベリア抑留の体験談や、戦争体験なんぞも今年中に扱いたいなって思っています。まあ、それぐらい編集長ですから、企画にいちおしさせてもらいます。

よろしくです。

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2009年3月18日 (水)

グラフィックイコライザ導入

グラフィックイコライザを導入しました。

安価なグライコといえば、マランツぐらいしかありませんが、マランツのやつは、中古で購入したことがあるものの、音が最悪で、バンド数も少ないのが不満でした。

というわけで、ベリンガーのFBQ6200を購入。かなりいい感じです。RCAケーブルしか持っていないので、ベリンガーをつなぐには、XLR→RCA変換ケーブルを二対購入して接続していますが、目立った音質劣化は感じません。初級クラスの僕のようなオーディオシステムには、これは十分じゃないかと思いました。低域を補正してみましたが、いいですよ。低音のぼんつきは、トーンコントロールでは調整しきれませんでしたが、グライコで調整できました。

FBQ6200、安いですけど、買いかもしれません。詳細は後日。

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2009年3月 9日 (月)

外国人が入店すると音楽が変わるスーパーがあるらしい

長野に昨日まで取材。製造業の工場が多く、自動車や工作機械、電子基板、製麺工場などなど、いろんな工場が長野県にはあるみたいだ。そこに派遣を中心に、外国人労働者がたくさんいる。

そして、無理を承知でお願いして、外国人労働者のお宅に一件、訪問させてもらった。にこやかに、笑顔で迎えてくれてうれしかった。ひとなつっこくて、冗談もたくさんいっていた。「ブラジルのコーヒーがあるけど、飲む? とっても苦いよ」といわれて、ブラックで飲んでみた。しかし、意外に苦くなかった。そんな僕らを見て、「え~? どうなっているの、この人たち!」と奥さんがすごくびっくりしてた(笑)。奥さんはそのコーヒーに砂糖を入れないととても飲めないらしく、夫もしかり。僕たちが普通に飲むのが意外だったらしく、かなり大げさに(?)驚いてくれた。

そんなひょうきんな(?)ご家庭だったが、妻の派遣の仕事がなくなり、夫の収入だけで生活しているというそのご家庭で、話を聞いてびっくりしたことが2つあった。

ひとつは、地元に、外国人が入店すると、ブラジル風の音楽に変わるスーパーがあるというのだ。ふだんは、日本人向けの音楽が流れている。明らかに外国人とわかる人が入店すると音楽が変わる。ブラジル人でも日系で、外見からは日本人としか思えない人は、入店しても音楽は変わらない。つまり、曲が変わるのは、「外国人が万引きするかもしれない、気をつけろ!」という、店員向けのメッセージだというのだ。

夫は、こういった。

「ブラジル人にもいいブラジル人、悪いブラジル人がいる。なぜ日本人が入っても曲が変わらないか? それはここが日本だから。でも、日本人にも外国人にも悪い人もいればいい人もいる。それはこの先もずっと変わらない」

夫は、名前も、外見も見るからにブラジル人なのだけど、彼は同じ外国人を見つけると、やっぱり万引きしないかどうか、注視してしまうという。これは別の方から聞いた話だが、ブラジル人同士、犯罪を起こすと「外国人はやっぱり悪いヤツ」だと見られるのがいやなのだそうだ。その夫は、店内で出会ったブラジル人が「やあ、○○!」と声をかけてきてくれると、「ああ、この人はいいブラジル人だ」と安心するといっていた。こんな肩身の狭い思いをさせているのは、日本人なのだ。何だか僕は、日本人として恥ずかしく、申し訳ないと思った。

もう一点びっくりしたことは、国保料を月に2万円以上払わないといけないのだが、夫の収入も激減し、とても払えなくなっているのだ。それでも毎月、役場に行って数千円ずつおさめているという。夫の収入は10万円程度しかない。それなのに、一生懸命少しずつでも国保料をおさめようとがんばっているのだ。ブラジルに帰る人も周囲にはたくさんいるのだけど、彼は、「国保料を滞納したままブラジルに帰る気はしない」と彼はいった。まじめに払い続けているのだ。だけど、払えるだけの財力はない。子どもも学校にいっている。家族を養い、家賃も、水光熱費も払わなければ。そうしたなかで、地道に国保料を払い続け、窓口で事情を説明し続けているという彼らの話を聞いて、無力な自分にもどかしさを感じた。減免ぐらいできないのか? …減免できないかどうかは、地元の方に事情を話して、手を入れてもらう予定。そもそも減免規定がその自治体にあるかどうかもよくわからんし。

何にせよ、ブラジル人は陽気でおおざっぱだと思っていたのだけど、そのご夫婦は、すごく几帳面でまじめだった。

何だかとりとめもないエントリだが、以上。

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2009年2月10日 (火)

派遣労働者であり続けるのは、本当に「自己責任」なのか?

派遣労働との関連で、僕は「自己責任」論をいまいましく思っている。

自己責任という言葉は、一般論として、正当だ。「自分の言動とその結果に責任を持つ」という一般論であれば、それは望ましい人の姿であると、僕は認める。

しかし僕は、大企業などに買われた政府と、財界が発信源となって流通させている「自己責任」論には、抗う。政府が果たすべき責任を投げ出すための詭弁であり、財界・大企業の身勝手な"自由"を政府が保障し、財界・大企業様や行政の非人間的所業(や怠慢)を覆い隠すものである。企業などの経済活動の規制を取り払い、自由にすれば、経済は発展するという新自由主義の本質に根ざした議論。それが「派遣労働者であるのは、本人の自己責任」という議論だ。国民の中にもおおくこの自己責任論に賛成している人がいるようだが、何に賛成しているのか、きちんと見極める必要があると、僕は思う。構造改革の急先鋒だった人が「懺悔の書」を出すご時世だし(『資本主義はなぜ自壊したか』中谷巌、2008)。まあ、いまごろ懺悔すんなって感じだけどな。あと10年は懺悔しつづけて、世間に向かって叫び続けてください。

ところで最近、派遣問題に関する国会質問=日本共産党志位和夫委員長の予算委員会での国会質問(2月4日)を見た。

http://www.youtube.com/watch?v=LeSStg6F3cA

(共産党のHPにもアップされています)

国会質問なんて他党もふくめて、昔さんざん傍聴したことがある。どうせつまらないだろうと思っていた。だが、最近とくに派遣切り+正社員切りに危機感を抱いている僕なので、重い腰を上げて(?)、雇用問題の追及で話題になっている志位氏の国会質問を見た。結論からいうと、志位氏の質問は迫力があった。派遣労働者でありつづけるのは、派遣労働者の責任ではなく、企業がそうし向けているのだという例を見せつけた。もちろん、この国会質問だけで派遣問題における「自己責任」論が論破できるとは思わない。が、派遣労働者に、ひとつの強力な武器(論理)をあたえる国会質問だといえるだろう。僕にしてはめずらしく、志位氏を持ち上げておく(笑)。志位氏は、派遣労働者の事例を引用し、麻生総理と舛添厚労相を追及したが、麻生氏や、舛添氏は、明らかな違法行為を指摘されながら、まともな答弁をできず、ひたすら逃げていた。

派遣労働は本来、臨時的なものに限られ、常用してはならない。法律上、3年を超えて雇用する場合、派遣労働者に対して雇用側(派遣先)は直接雇用を申し出なければならない。だが、製造大企業が、法の目をかいくぐっている事例がしめされた。派遣労働者を数カ月だけ"正社員"にして、その後派遣労働者に戻す。こうすることで派遣期間をリセットし、派遣労働の通算期間が3年よりも短いように見せかけ、4年、5年、6年と長期にわたって派遣労働者として使い続ける。このような労働者の事例を、志位氏は次々告発した。

紹介されたマツダの事例では、「同一場所、同一業務でも3カ月を超えて派遣を受け入れない期間(クーリング期間)があれば、継続した派遣と見なさない」という厚生労働省の指針を逆手にとっていた。期間制限を逃れるために、派遣労働の合間に3カ月と1日の期間社員(サポート社員)にする期間を挟み、その後は派遣労働者に戻して使い続けていた。派遣会社とマツダの間に、明らかに期間制限を逃れるための合意があったと思われる。志位氏は「サポート社員への置き換えは、3カ月と1日のあとは派遣に戻すことを前提に進めた。派遣法逃れだった」という派遣会社会社員の証言も示した。

だが、麻生首相は、個別の企業のことに対しては答えないという答弁に終始。一般論としては上記のような事例は違法だと、舛添厚労相は認めたのだが、その舛添氏も「的確な指導を厳正に行っている」と答えるばかりで、逃げるだけだった。「適正な指導」が「厳正」に行われているのであれば、上記のようなことが起こるわけがない。国民に義務だの責任だのいうなら、政府は、現行法のもとでもできる仕事、任務をきちんと果たしてほしい。

また、志位氏が紹介したパナソニックの事例は、ある労基署の怠慢を指摘した。偽装請負・派遣の期間が通算3年を過ぎても直接雇用されないことを訴えた派遣労働者を、当初、労基署はまったく相手にせず、動かなかった。労働者自身が資料を集めて、あらためて労基署に訴えたところ、今度は労基署の指導を受けたパナソニックが、派遣労働者のときよりも賃金の低いアルバイト待遇(時給810円)で「直接雇用」することを派遣労働者に申し出たのだ。こんな馬鹿なことがあるか。

派遣労働者が派遣労働者でありつづけるのが、本当に派遣労働者の責任なのだろうか? 少なくとも今回の志位氏の質問で取り上げられたような、派遣労働を常用するようなことは、きちんと規制されるべきだし、労働者の責任ではないのではないだろうか。あらためて派遣労働者の実態をくわしく知りたいと思った次第だ。

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