「『南京事件』日本人48人の証言」(阿羅健一、小学館文庫2002)読みました。1987年に出た「聞き書 南京事件」の文庫版。「南京大虐殺はなかった」という証言がジャーナリストやもと軍人などにより語られているというので、どれほど確固とした証言をしているのかと期待して読んだのだけど、別段驚くにあたらない、肩透かしをくらった感じでした。
この本は、次のような証言があちこちに出てきます。
◆-南京で虐殺があったと言われていますが・・・・・。
「当時聞いたこともなかったし、話題になったこともありません」(報知新聞・田口利介記者の証言、88ページ)◆
ところが、次のような証言もある。
◆「犠牲が全然なかったとは言えない。南京に入った翌日だったから、十四日だと思うが、日本の軍隊が数十人の中国人を討っているのを見た。塹壕を掘ってその前に並ばせて機関銃で撃った。場所ははっきりしないが、難民区ではなかった」(東京朝日新聞・足立和雄記者の証言。27ページ)◆
しかもこの証言者(足立記者)は、自分で上のように証言しておきながら、次のようにもいう。
◆「捕虜を虐殺したというイメージがあるかもしれないが、それは戦闘行為と混同しています。明らかに捕虜だとわかっている者を虐殺はしていないと思います」(29ページ)◆
27ページの証言は、明らかに捕虜(ないしは一般市民?)だと思いますけど・・・。虐殺していないと思う根拠が薄弱。
◆「虐殺があったというのは、嘘ばっかり。翌年の昭和十三年になって、私は中支邦派遣軍の参謀として南京に行くんですが、そこでも全く聞いていない。虐殺なんていうのは命令がなければできないことです。戦後言われているような虐殺があったなら、参謀として南京に行ったとき、話題になってるでしょう。あの話は問題になりませんな」(陸軍軍務局軍事課編制班・大槻章少佐の証言、235ページ)◆
当時は捕虜を殺すことに対して罪の意識のない人も多かったみたいですので、あえて大槻少佐に話す人がいなかったのかもしれません。でも、たとえば上記の東京朝日新聞・足立和雄記者の証言(27ページ)はどう考えるんでしょうかね。
次のような証言もあります。
◆「南京の手前で揚子江は二手に分かれており、左岸の方を進みましたが、両岸からの中国兵の猛攻撃は続いていました。この頃からジャンクや筏にのった中国兵が流れてきて、どんどん増えていきました。勢多には二十五ミリ機関銃が四門ありましたので、これを撃ちながら進みました」
-中国兵というのは南京から逃げてきた兵隊ですか。
「そうです。陸軍が南京錠に入ったのは十三日ですから、揚子江に逃げた中国兵がジャンクや筏に乗って逃げたものと思います」(砲艦勢多艦長・寺崎隆治少佐の証言、247ページ)◆
さらに。寺崎元少佐はこうもいう。
◆「南京に近づくにつれてジャンクや筏だけではなく、板や戸などにすがりつく中国兵もあり、そういう中国兵で揚子江がいっぱいになりました」(248ページ)
◆-このとき、ジャンク、筏などで逃げた中国兵はどの位ですか。
「何千人もいました。勢多は進みながら撃ちましたが、後から来た艦も次々撃ちました。全部で二十隻ぐらいいました。タイミングがよかったと思います」(248ページ)◆
罪の意識が少しもないね! 板や戸にすがりついた中国兵が砲艦に攻撃できる状態だったか、非常にあやしいですよね。しかも冬の揚子江で寒かっただろうに・・・、これは戦闘行為で、虐殺ではないといいたいのでしょうか。
結局、阿羅氏はあとがきで、「南京でいわゆる『三十万人の大虐殺』を見たという人は、四十八人の中にひとりもいない」と述べ、「南京での暴虐が東京裁判で言われたとき、ほとんどの人にとっては、それがまったくの寝耳に水だった」といいます(314ページ)。
でも、30万人も一堂に集めて殺したわけじゃありませんから、ね。一人が30万人を見ようと思ったら大変です。東京ドームを満杯にしたって入りきらないんじゃないですか? 30万人を同時に目視できるはずがありません。
また、30万人という数字は中国が言っている数字ですが、別に日本で南京事件を研究している代表的な研究者=笠原十九司氏や吉田裕氏などが30万人と主張しているわけではないですし、東京裁判も南京事件を30万人と認定したわけでもありません。三十万人の大虐殺を見た人がいない・・・だから何なのさ?
上記の証言でも揚子江に死体がいくつもあったという証言から、ほとんどみなかったという証言までありますが、「軍服を着ていない中国人も相当ありました。あとで聞いた話ですが、南京には軍服が相当脱ぎ捨てられてあったと言いますので、軍服を着ていない中国人は便衣兵だと思います」(第十軍参謀。吉永朴少佐の証言、166ページ)などのいわば十分な各証のないまま、軍服を着ていない人も中国兵にしてしまう断定も見られます。
さらに。阿羅氏は、つぎのようにいいます。
◆「四十八人の証言から、市民や婦女子に対する虐殺などなかったことなどわかる。とくに婦女子に対する暴虐は、誰も見ていないし、聞いてもいない」(314ページ)◆
ホンマかいな・・・。また調べてみたいと思いますけど。暴虐って、女性を殺すことだけなのか? 強姦のこともふくむのだろうか?
◆「一度強姦を見た」
-白昼ですか。
「そうです。すぐ捕まえた。十六師団の兵隊だったので、十六師団に渡した。強姦は私が見た以外にも何件かあった」(上海派遣軍参謀・大西一大尉の証言、177ページ)
いずれにせよ、30万人なんて虐殺を見た日本人がいない=大虐殺なんてなかったって考えてもらいたいと思ってこの本をわざわざ文庫版にして普及しようとしたのなら、ちょっとレベルを疑いますね。まあ、その本をおさかなも買ったわけですけど。
最近のコメント