4月8日に大阪でおこなわれた、731部隊問題をテーマとした国際シンポジウム「戦争と医の倫理」のシンポジストの発言大要を紹介していく。何回かに分かれるのは勘弁願いたい。
僕がまず紹介していきたいのは、3人のシンポジストの一人、莇昭三氏(15年戦争と日本の医学医療研究会幹事長、城北病院名誉院長)の発言である。発言順序からいえば最後だったのだが。
莇氏はまず、次のように述べた。
---15年戦争中に日本の一部の医師による医学犯罪が行われた事実ははっきりしているが、国や医学界はその事実を認め、何が問題だったかを今日まで明らかにしていない。私たちは戦後60年、いまからでも事実を明らかにし、教訓を汲み取る必要があると指摘する。これが今回の「戦争と医学」展の趣旨である---
そして莇氏は、「政府は一貫して医学犯罪への関与を否定してきた」と述べ、「そういう事実を聞いてはおりますが、これを調査する権能も持たず、またこれを調査する必要もないのであります」(殖田法務大臣、衆議院外務委員会1950)という答弁、さらに1997年、98年の参議院で、99年には衆議院で「731部隊関連資料のアメリカからの返還」について質問されたが「資料(史料)は存在していない」と政府が言い続けたことにふれた。
それはさておき。
莇氏の発言のなかで、僕(おさかな)が莇医師の興味を持ったひとつめは、世界医師会議への日本医師会加盟にあたって、日本医師会が出した声明である。
---第2次世界大戦後、1947年に世界医師会が発足した。しかし日本とドイツの医師会加入には、両医師会の反省の意をこめた声明が必要とされた。日本医師会は1949年3月の年次代議員会で声明を発表した。
「日本の医師を代表する日本医師会は、この機会に戦時中に敵国人に対して加えられた残虐行為を公然と非難し、また行われたと断言され、そして時として生じたことが周知とされる患者の残虐行為を糾弾するものである」---
莇氏は、「この声明は、日本医師会が機関として731部隊問題等に触れた唯一のものだ。しかし『時として生じたことが周知とされる』とあいまいな声明で、しかも残虐行為をした当事者を『非難』するという『第三者的発言』にすぎない」と批判した。
莇医師が述べたことで、僕が興味を持ったのは二点目は、次の点である。
---「731部隊本部」にいた石川太刀雄(太刀雄丸だと思うが…byおさかな)には、戦後私は医学生として病理学を習った経緯があります。私には彼は普通の医学者であり、殺人をするような人格には見えませんでした。このように「731部隊」に関わった医学者や「生体手術練習」をした軍医たちは、日常生活の場では人殺しなどをするはずもない善良な人々なのであろう。しかし当時、どうしてあのような「医学犯罪」を犯したのであろうか?---
莇氏は、下記のような理由を上げた。
---民族差別、敵愾心、それらの理由もあるだろうが(※)、もっとも決定的なのは「上官の命令」「上司の指示」であろうと思われる。
「731部隊」の「血清班」班長の秋元須恵夫医師は「医の倫理を問う」の中で教授の命令に従わなければならなかったと記述し、拒否すれば「破門」されるか、軍法会議に処せられるという理由を述べている。---
一番大きいのは、上官命令に従わなければならなかったことだ、と。しかし上官命令なら許されるのか? という論点へと発言は続いていく。(つづく)
【4/20修正】
※の部分は、当日配布された原稿では大要、つぎのようになっている。当日は簡単に端折ったので、上記本文からはずしたが、下記に紹介しておく。
---「戦争状態」では「殺すか、殺されるか」だ。対敵する「捕虜」や死刑が予定されている捕虜を医学の発展、技術向上のために利用しても問題がないのでないか、という当時の時代感覚―敵愾心、愛国心、民族差別等が、犯行を矛盾なくおこなわせた理由の一つだろう。
また軍事秘密というベールを利用し、その研究によって「よい結果」がでれば医学の進歩となる。つまり、「先端的研究」は「倫理規範」によって妨げられるべきでないという考え方もあったと思う。---
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