藤岡信勝氏は、生活保護行政にもうとい?
藤岡信勝氏といえば、「新しい歴史教科書をつくる会」の現会長です。藤岡氏といえば、彼の持つ歴史認識が有名ですが、単に歴史認識にとどまらず、現代の日本についてもこんな点で歪んだ認識を持っているのかと驚いたものがあります。それは『「自虐史観」の病理』で示された、生活保護行政への認識です(「平気でウソをつく人々」、『「自虐史観」の病理』文春文庫2000)。
もともと『現代教育科学』(1996年8月号)に載せた論文を再掲したもののようですが、どんなことを藤岡氏がいっていたか、少しだけ紹介します。
この論文(以下、藤岡論文と呼ぶ)は、「母さんが死んだ」(水島宏明、ひとなる書房1990)という本に描かれた、札幌市の母親餓死事件(1987年1月)をあつかったものです。生活保護を申請したものの、福祉事務所に断られ、数カ月後に餓死したとされている事件です。
その事件について、もう少し説明すると、亡くなった女性は結婚しましたが、男性にギャンブル癖があるなどして、離婚、女性一人で子どもを3人育てながら、その後、黒田政子さん(仮名)の経営する喫茶店に勤めていたましたが、1986年10月に風邪をこじらせてから病気がちになり、働けなくなって仕事をやめざるをえなかったようです。生活保護を申請に直接女性が福祉事務所に行きましたが断られ、黒田さんも何度か福祉事務所に電話したのですが、福祉事務所は生活保護を受給させようとはしなかった。この福祉事務所の対応が、餓死を招いたとして、問題視された事件です。
さて、まず、この論文で目についたところから感想を述べましょう。
---他人をおとしいれるようなウソ、そればかりか一国家の名誉を汚すことになるようなウソを平然としてつくことのできる人間が、この世の中に一定の割合で存在するということなのだ。---(211ページ)
そういえば、最近、「THE FACT」に藤岡氏は賛同しましたっけ。たしかにあれは国家の名誉を汚したと思いますね。国家の名誉を落とすようなことに加担する人が過去に上記のような発言をしていたとすれば、たしかに説得力が増しますね。
---⑤岡田さんの死に至る行動である。十月半ば、風を引いてこじらせたのがきっかけで、家で寝込みがちになる。十一月十三日、黒田にすすめられ福祉事務所に行って生活保護をことわられる。「その日以来」、ますますふさぎ込み、「とうとう完全に寝たきり」になる。「食事もまったく受け付けなくなった」。/いくつかの疑問が生じる。生活保護をことわられただけで、そんなに落ち込むのだろうか。(218ページ) ---
無知のきわみだと思うが、わざといっているのでしょうか? 生活保護を断られたくらいで落ち込むのかって? 社会科学者の端くれであれば、もう少し調べてほしいところです。下記のような事例は、僕でも聞いたことがありますよ。
▽テレビやクーラーなどがあると、「それは財産だ」「贅沢品だ」などといわれて、生活保護申請を断られる。家も売り、車も売り、身ひとつにならないと生活保護は受けられないんだといわれる。あるいは財布の中身を見せろといわれ、「それを全部使い切ってから出直してこい」といわれる。
▽「女だったら、それ相応の働き口があるのでは」といわんばかりの対応をされた。親戚・家族関係、貯蓄などを根掘り葉掘り聞かれて苦痛だった。申請者本人や、家族が病気なのに「働けないのか」といわれるなど。
上記のような事例は80年代後半や、藤岡論文を著した90年代半ばにもあったはずですが?
ここ2~3年の話としても、「警察官を生保申請の窓口に配置し、医療相談員や弁護士などの同席も認めない、警察官に『お前はウソをついているだろう』といわれ、患者が泣いていた」(高松市の病院)などの報告を僕も聞いていますけど(2005年か2006年ごろの話)。そういう人権侵害をおこなっている福祉事務所のケースワーカーもいるのです。
また、ひどいことをいわれずとも、明日も生活できないかもしれないという人が、最後の希望だと思った生活保護を受けられません、ダメですといわれたら、それは普通自分や家族の死を意味しますよね。落ち込んでも不思議ではありません。自分の死を予感して、気丈でいろというのでしょうか。ちょっと想像力の欠如にもほどがありますね。病気に精神的追い討ちが加われば、伏せてしまうようなことはありえると思いますが。
自分の無知、想像力の欠如を「疑問」などともっともらしくいうのは、もう少し慎重であるべきでしたね。
つづいて。順番が前後しますが、下記の藤岡氏の意見も、安易に行政を免罪するものだと思います。
---③「衰弱してやせていくばかりの岡田さんの身を案じた黒田さんは・・・」と著者は書いている。普通ならば「入院することを強く勧め」とつづくはずのところである。ところが本文では「十一月半ば、福祉事務所に電話をかけた」となっている。やることがチグハグではないか。(217ページ)---
何でちぐはぐなのか、ぜんぜんわかりません。お金ないんだから、入院なんてできないでしょう。誰がお金払うんですか? 誰が子どもの面倒を見るんでしょうか?
---④黒田はそのあとも心配して三回も福祉事務所に電話をかけたという。「このままではほんとうに死んでしまう・・・」と黒田は行ったことになっている。これはおだやかではない。黒田は、なぜ岡田さんが「このままではほんとうに死んでしまう」とわかったのだろうか。不思議である。病気をして仕事に出られなくなったということ、それにもかかわらず生活保護をもらえなかったということと、「餓死」との間には大きな飛躍がある。しかも死を予見したのなら、なおさらのこと、黒田は岡田さんを引きずってでも入院・治療させるべきであったのに、それをしていない。黒田は岡田さんの「餓死」を予見しつつ、それを放置したのである---(218ページ)
黒田さんがどこまで岡田さんのために努力をしたのかわかりませんが、別に黒田さんはもともと岡田さんの雇い主だったというだけで、衰弱して働けなくなった岡田さんの治療をささえるほどの財力があったかどうかは疑問です。だって、経営しているのは喫茶店程度でしょう。大富豪じゃないでしょうし。同時に、働けなくなっているのですから、岡田さんは、生活にも困窮していたでしょう。その困窮した状態を保護する役割は、行政の責任だと思いますが。生活が困窮すれば、しかも働けなかったのだから、普通死を予感すると思いますが?
また、生活保護法には、困窮したものを急迫した事由がある場合、これを保護することを「妨げない」(第4条)、「保護の申請がなくても必要な保護を行うことができる」(第7条)と記されていますよ。
藤岡論文は、「母さんが死んだの嘘」(文藝春秋1992年8月号)という、久田恵氏、中川一徳氏のレポートを元に、12月には合計20万円の児童扶養手当と児童手当を支給されるはずだったのに拒否した、という「驚くべき事実」が明らかになったなどともいっているので、くわしくは同レポートというのを参照した上で、反論すべき部分があると判断すれば、気が向いたときに反論エントリを書きたいと思います。その号の文藝春秋そのものは入手できないのですが、このレポートに加筆したものは久田恵氏の単行本『ニッポン貧困最前線』に収録されているそうなので、それを手配しました。『母さんが死んだ』にくわえて、『福祉が人を殺すとき』(寺久保光良、あけび書房1988)も手配しました。
いずれにせよ、どうも安直なんだよなあ、藤岡氏の論立ては。人の生活実感や生死に対する想像力が欠けていると思うけどなあ。また、歴史問題では証言や史料を得るのはたいへんだったりするだろうけど、より容易に証言や資料を得ることができるはずの現代社会では、いったいどのような調査・努力というものをしているのでしょうか? そもそも、こんな想像力のない人が、教育を語れるのでしょうか? こんな人が道徳だとか、他人を大事にしよう、やさしくしようなんていったとしたら、それこそお笑い種ですよね。え? 笑い事じゃないか。
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