イラク報告会の報告です③
森住さん、高遠さん、志葉さんのイラク報告会の前回、前々回のエントリは下記。
http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/05/post-7d9a.html
http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2009/05/post-8147.html
前回、前々回の報告にくわえて、3点だけ、印象に残ったことを書きます。
■1■まず、一点は、高遠さんがイラクに5年ぶりに入れたことで、「とまっていた時計が動き出した」という趣旨のことを話していました。
高遠さんのブログにも書かれていますが、
http://iraqhope.exblog.jp/10912207/
イラク戦争が始まって「なぜイラクに日本は軍隊を送ったのか」とイラクでバッシングされ、日本では人質事件で「つかまったのは自己責任」だというバッシングを受けた。イラク国内の協力者とともに学校再建のプロジェクトなどをおこなってきた高遠さんでしたが、ずっとイラクには入れませんでした。あの事件以来、時計の針が止まっていたという高遠さんは、今回イラクに入り、「おめでとう」「よくきたね」と迎えてもらえた。これが非常に大きな意味をもったようです。
まあ、くわしくはちょっとうまい言葉が思いつかないので、高遠さんのブログを読んで下さい。気持ちが伝わってくると思うので。
■2■2点目は、「日本の憲法第9条の精神を実践しているのは、実は厳しい状況におかれた紛争地の人たちだ」という趣旨の話をしたこと。これは①で話した覚醒委員会の人たちを中心にした、治安回復、米軍撤退の交渉の努力などのことを指しています。とりわけ、米軍に殺されてもおかしくない中を、丸腰で歩いたってことをさして、「そんなこと、日本でできる人はそんなにいないでしょう」と高遠さん。同感です。
■3■3点目は、ロイターが高遠さん一行がイラクに入ったことを受け、在イラクの日本大使館が大あわてで高遠さんらの同意を得ず、護衛をつけたことです。ロイターに大使館が一行の連絡先を教えるようにしつこく迫り、イラクの武装警官を護衛につけたそうです。実は高遠さんたちは覚醒委員会の人たちの協力を得て、ほとんど装備無しで行動していたそうです。「それで十分だった」と志葉さん。しかし武装警官が何人もついて、ピックアップトラックで2台もついて高遠さんたちのまわりにくっついてきたそうです。
このことで取材したかった人がいたが、武装警官がいることを理由に取材を断った人もいたということです。また、志葉さんいわく、「武装警官に引き返してもらった方がいいのか」と覚醒委員会に聞いたら「もう遅い」といわれ、武装警官がついてきたことで「危険になった」といったそうです。どういうことかというと、ラマディは治安は改善したとはいえ、まったくの安全というわけではない。また、イラクの武装警官は、アメリカといっしょになって、国民を虐げてきたからです。まあ、イラク国民の反感を買いかねないし、反米強硬派の的に成りかねないというわけです。志葉さんいわくでっかい銃を持って護衛にあたられたので「目立って仕方ない」といっていました。
重装備で護衛することが、必ずしも安全を確保・向上させられるとは限らないということを感じさせるエピソードだな、と思いました。
(報告会の報告は、とりあえず以上です)
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