何をいってるのやら…
田母神様が、8月6日に、「ヒロシマの平和を疑う」なる演題名で、講演をおこなうようだ。しかも、広島市で! 広島市の秋葉市長は、これに日程変更をもとめる要請文を出した。詳細は下記の通り。(魚拓)
http://s03.megalodon.jp/2009-0701-2303-56/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090629-00000124-mai-soci
日本会議の井坂さんという人は、「核兵器廃絶」が願いなのに、田母神氏の講演を8月6日にやって何が悪いんだ、っていいたいみたいですね。何をいっているのやら! 田母神氏は、日本も核武装すべきだっていってる、核武装論者ですよ。いい加減にしてください。
それにしても、8月6日にヒロシマの平和を疑うなんて題名でよく講演できるな。田母神氏のその感覚に、心から敬意を表します。これが言論の自由だなんて主催者はいいたいようですが、しかし、言論の自由は本来、権力にたたかいをいどむ人間がいってこそ意味のあることです。別に公権力も否定していないような言論の場をもうける程度で、言論封殺すんなっていうのは、おかしいです。大丈夫ですよ。日本政府もアメリカに核の傘で守ってくださいってアメリカにお願いしている。日本政府は核を否定していないし、政府中枢にも核武装を否定していない人もいるんですから、被害者ぶっているんじゃありません。
まあ、なんていうのかな。田母神氏も、日本会議の記事中の人も、核兵器の真の被害をご存じないのでしょう。僕ももちろんわかっているとはいいませんが、しかし、人を一度殺し、さらに一生人を「いつ死ぬか」「いつ病気になるか」と不安に貶め、命を奪うような兵器を使ってまで維持される、勝ち取れる平和などに意味があるのでしょうか? しかも使えば、一度に何万、何十万、何千万という人に被害を及ぼすでしょう。そんな兵器を使って維持される正義、平和など、ありはしない。僕はそう思います。
せめて戦争にルールはあるべきだし、守るべきだ。核兵器は、使われていい兵器じゃない。戦争が終わっても人を殺す兵器を使ってもいいなんて、ふざけるんじゃない。
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コメント
米国の核兵器には反対するのに、共産圏(中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国)の核実験は批判しない。
…ということを訴えておられるのでわ?
投稿: えまのん | 2009年7月 6日 (月) 16時43分
何をいっているのやら…
投稿: おさかな | 2009年7月 6日 (月) 17時53分
秋葉市長って権力者じゃないんですか?
投稿: えまのん | 2009年7月 7日 (火) 16時27分
新しい質問は、前回の僕のコメントにレスをした上でお願いします。ひとつの論点について十分に答えないうちに他の論点に移るのは、議論が散漫になるもとです。警告1。
ちなみに(いうまでもないことのはずですが)、僕が前回のコメントでいわんとしたことは、次のようなことです。
“「ヒロシマ」が米国の核兵器のみを批判し、北朝鮮など共産圏の核実験は批判していないという事実がありましたか? 何をおかしなことをいっているのやら… ”
今日の日本においては「ヒロシマ」とカタカナ表記する際は、“被爆地広島”という意味を持っていますよね。広島市には被爆者もいて、核兵器廃絶運動をしている人もいるし、過去に被爆した歴史を持つ、現在の広島市行政という意味も持っていると思います。これらの人たちや広島市行政が、あなたがいったような、たとえば「北朝鮮の核実験は批判していない」事実を明示してください。
新しい質問は、それからです。
投稿: おさかな | 2009年7月 7日 (火) 19時29分