李容洙さんの証言の検討、その③。下記に参考資料を再掲。あらたに否定派の参考資料としてCを追加した。
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A 「博士の独り言」
http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-439.html
B 「従軍慰安婦問題を考える」
http://sikoken.blog.shinobi.jp/Entry/10/
C 「地球が壊れるくらいに・・・」
http://www010.upp.so-net.ne.jp/japancia/iyonsu/iyonsu.html
①写真記録 破られた沈黙 -アジアの「従軍慰安婦」たち 伊藤孝司 風媒社1993
②証言 強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち(韓国挺身隊問題対策協議会・挺身隊研究会編/従軍慰安婦問題ウリヨソンネットワーク訳、明石書店1993)
③同志社大学での証言(ホームページ。2005)http://www1.doshisha.ac.jp/~kasano/FEATURES/2005/leeyongsoo.htm
④李容洙さん証言録(旧日本軍性奴隷問題の解決を求める全国同時企画・京都実行委、2005)
⑤「私の名前は李容洙です」(DVD、東京外国語大学にて2006年10月10日収録、信川美津子?)
⑥僕自身も証言集会に行った(ブログ上にUP。現在も作業中。2007)http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2007/06/post_e07b.html
http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2007/06/post_52ba.html
http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2007/06/post_f720.html
⑦フランスのル・モンド紙の記事についてのレポート(ブログ。2007)
http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2007/03/for_the_record_c93e.html
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さて今回は、李さんの証言のなかで、シチュエーションの違いを指摘する意見について検討する。具体的には、彼女の家に女性(女の子、友だち)がやってきて、駅の近くまで連れて行かれたときことをまず考えたい。否定派は、もっともこの点をクローズアップしているように思ったので。
この家から連れて行かれたときの証言について、上記Cは、僕の参考資料でいう②と③を比較してつぎのようにいう。
------イ・ヨンスを呼びに来たのは友達のキムプンスンと言っています。これは後に「軍人と、軍人に首のほうになにかをつきつけられている女性」に変化します。また、日本人の男=慰安所の経営者の服装も国民服です。「軍人」「銃剣をつきつけられた」に今は証言が変わっています。ワンピースと皮靴をもらって嬉しかったと、自分の意思で慰安所の経営者についていく事を決心したと述べていますね。軍人による強制連行など全くのウソです------
友達が女性に変わったという「変化」は、前々回の検討で変わったのではない事を明らかにした。
http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2007/06/post_71f5.html
さらに指摘しておくと、「銃剣」をつきつけられたなどとは、③(同志社大学での証言)は一言もいっていない。
同時に、「日本人の男=慰安所の経営者の服装も国民服」なのに、③では「軍人」と変わっている、だからウソだというのは、論理の飛躍がある。たしかに李さんがその男に、日本軍人だと確認したわけではないかもしれない。しかし通常、軍服みたいな服を着ていれば、それを軍人と呼ぶ。今日、警察官の格好をした人に、わざわざ「警察官ですか?」と聞かないのと同じである。①を見ると、李さんを連れて行った男=経営者は「軍服みたいな服を着た男」(72ページ)となっている。これらの証言を総合してみれば、国民服とは一般的な服装ではない、制服のような服装であり、それはつまり軍人のような格好だったということだろう。
それでも、主に、二つの疑問が残るように思う。
第一に、Cがいうように、ワンピースと皮靴をもらって「嬉しかった」という感情の表現が、③などでは消えている点だ。この点を考える上で参考になる証言がある。実際に僕が聞き取りに行った証言集会(上記⑥)での証言を文章化し、zamesmakiさんに校正していただく際、再度僕も録音した証言を聞きなおした。すると、風呂敷を「もらって、笑って、見たら…」と証言していた。zamesmakiさんに校正していただいたものは、下記参照。
---風呂敷を持たされた、その中には靴と着物があった。私はそれを笑って見た---
http://zeimusmaki.iza.ne.jp/blog/entry/214528/
なぜ笑うのか。それは、一瞬新しい物をもらってうれしかった、または一瞬でも新しい物をもらって釣られて笑顔を浮かべたということに他ならない。このときの感情、つまり嬉しかった(または物に釣られて笑顔を浮かべた)という側面を強調するのか、またはわけもわからないまま強制的に連れて行かれたという側面を強調するのかで、証言の語り方が変わっていると僕は判断する。しかし、風呂敷につつまれた靴やワンピースをもらって嬉しかった、または一時的にでも服や靴に釣られて笑った瞬間があるというのは、いまも変わらず、李容洙さんの胸の中にはあるのだ。僕は、ここは押さえるべきポイントだと感じる。
第二に、それでも多くの人にとって疑問が残るのは、女の子が一人で自分の家に来たのか、それとも軍人(または軍人のような格好をした人)もやってきたのかという点だろう。たしかに上記の証言だけでは、軍人はいなかったのに、後に付け加わったかのように見える。
この違いをどう考えるのか。Cや否定派は、この「違い」を槍玉に挙げるのだが、それならばCは、もっと重大な「違い」に気付かなければならない。それは大連から台湾へ向かう途中、船上で「強姦された」「レイプされた」という証言も、消えたり復活したりしているということだ。少なくとも、強姦されたことが、婉曲的な言い方になったりするのだ。
軍人もいっしょに家にやってきたと話すときは、必ず船上での強姦(レイプ)のエピソードは出てこない(または婉曲的な言い方になる)。軍人の話が出てこないときは、強姦(レイプ)の話が出てくる(直接的な言い方になる)。この奇妙な証言の法則を、どう説明するのか? 否定派は「コロコロ変わるんだから、全部ウソなんだ」といいたいのだろうが、僕は“証言は本当に受け入れてくれる人の前でしか真実を語らない”という主張を対置する。
本当に受け入れてくれる聞き手の前でしか、被害者は真実を語らない。おびえたり、萎縮したり、強がったりする。「自分は悪くないのだ」といいたいために、自分が一瞬でも風呂敷の中身に釣られたことを弱めたり、隠したりする。同時に、自分が連れて行かれた際の強制性を強調する。これが真相ではないだろうか。
社会学者・上野千鶴子氏は、『ナショナリズムとジェンダー』(青土社1998)の中で、慰安婦問題にふれて、「弱者の語りは、聞き手が語りを共有してくれるという安心感や信頼感のないところでは決して語られることがない」(178ページ)と述べている。
なお、『ナショナリズムと「慰安婦」問題』(大月書店1998、新装版2003)の中で、歴史学者・吉見義明氏は、「一九四二年にビルマにいった文玉珠さんを例にとると、多くの場合、彼女は、強制的に連行されたと述べているが、韓国挺身隊問題対策協議会・挺身隊研究会による時間をかけた丁寧なヒアリングでは、『私はもうだめにされた体だと思っていたので、どうせのことならお金でもたくさん稼ごうと思って、すぐ承知しました』と語っている(だからといって、文さんのビルマでの生活に軍は責任がないということではない。彼女はビルマでは、あまりのつらさに自殺しようとして身投げをしている)」(新装版では133ページ)と述べている。
もう一つ付け加えるならば、scopedogさんのブログ『誰かの妄想』で、某氏は次のようにコメントした。
-----イ・ヨンスはすごいな。米国下院での証言は1993当時の慰安所の経営者によるやりとりの証言に逆戻りしているんだよな。
2005年同志社以降は軍人による強制連行って事に意図的に証言を変えて、偽証罪で糾弾される可能性のある議会での証言は本来の証言に戻すっていう。
つまり、婆さんの証言っていうのはくまでパフォーマンスに過ぎず、時と場合によって証言を変えているって訳だ。まさにプロ証言者。
取り巻きの蛆虫は頭が良いな。つーかそれが商売だからな。
NET@UYOKU 2007-06-29 03:22:10------
http://ameblo.jp/scopedog/entry-10038157458.html#cbox
このコメントは、オウンゴールを決めている。米議会での証言は、船上での強姦も証言しているからだ(In this way I was raped.)。
http://www.internationalrelations.house.gov/110/lee021507.htm
米議会での証言は、家に友人が来たときは軍人はいっしょにいたかどうか証言しないかわり、船上での強姦(レイプ)は登場する。ネット@(略)氏の主張に従えば、偽証罪に問われる可能性のある米議会の方が信憑性が高い。その信憑性のたかい場所では、船上で強姦されたことを証言している。つまり、日本軍人がレイプしたという証言は、信憑性が高い。日本軍は、強姦をするような軍人がいた軍隊だったという主張は、信憑性が高い…ということになる。①は、「航海中に何度も犯されたのです」(73ページ)と述べている。
それはさておき。僕は日本国を非難し、彼女の主張を受け入れようと言う点では、米議会も②の聞き取りをおこなった韓国挺身隊問題対策協議会・挺身隊研究会などと共通する姿勢があったと思う。だからこそ、本来いちばん語りたくないはずの、強姦されたという体験を証言するのだ。②でも、「軍人に引きずり込まれて強姦されました」(136ページ)と李さんは、船上での体験を証言している。
しかし②の聞き取りの後、日本の政治家、否定派は、どんな言葉を彼女たちに浴びせてきただろうか? 少なくない人が、日本には責任はない、嘘をつくな、金儲けが目当てだろう、お前たちは売春婦だという趣旨の言葉を投げかけてきたのではないか。このような言葉の暴力の前で、李さんも予防線を張っているのではないか。そもそも、証言集会のような公開の場であれば、李さんを快く思わない人が聴衆にいる可能性はゼロではない。否定派(または影響を受けた人)がいる可能性もゼロではない。だから船上での強姦(レイプ)されたという言葉は、今日、日本の証言集会ではなかなか語られないのではないか。
僕は連行時、李さんの家に友達が来たとき、軍人(のような格好をした人)がそばにいたのかどうかは、わからない。ただ、目の前で証言を聞く人が、自分の話を受け入れてくれる人なのかどうか。より正確に言えば、きちんと話を聞いてくれる保障があるのかどうかで李さんの証言の強調点が変わっている。これははっきりしている。
また、証言の検討その2
http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2007/06/post_c650.html
で見たように、常に彼女の身に起きたエピソードは一定している。そのエピソードをトータルで見ると、連行時~終戦までは一年未満であり、連行時~家に戻ったのも、満で数えて二年に満たないという点も一定している。
結局、変わっているように見える大きなものは、連行時に軍人がそばにいた(そして友達に李さんを呼ぶように強制した)のかどうか、また、船上で強姦されたことを証言したりしなかったりするという、この二点だろう。しかしそれも、繰り返しになるが、「きちんと話を聞いてくれる保障があるのかどうかで李さんの証言の強調点が変わっている」というのが真相の大きな部分だと感じる。
最後に、僕が証言集会(⑥)で李さんに投げかけた質問。僕は、李さんにこんな質問をした。「証言が変わるじゃないか、証言はウソだという意見についてどう思うか」と。李さんは「証言をする場合、証言の時間が決められている。米で証言したときもそうだ。決められた時間の中で証言を最初からしなければならないのだから、飛ぶ部分があるのは当たり前だ。それを証言が違うというのはおかしい」と答えた。一応、この彼女の発言も、彼女の証言を見る際に、念頭においておきたいと思う。
【8月8日、重複部分などを中心に一部校正】
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