ニュース

2008年10月25日 (土)

大丈夫なのかな、人体の不思議展。

ずいぶん古い話。中国で人を殺害し、その遺体をうる殺人者集団が逮捕されたという。

http://www.recordchina.co.jp/group/g23535.html

正直、なんじゃこりゃ。って感じですね。ヒドイ話です。家族を土葬したいからって、身代わりに「他人」を購入して火葬なんて、するかいな。人権意識が低いな。本当かよ、これ。中国ってのは、何がどうなってるんだか。

だが、上記のような人権の状況があるからかどうかはわからないが、ご存知の人はご存知のように、日本でも人体の不思議展なるものがあって、死体が公開されている。次は川崎だ。本日から。

この人体の不思議展は、どうも中国人の死体そのものを加工して、展示しているそうだ。体がスライスされていたり、真っ二つになっていたり、前の人の方に両手をかけて一列に並んでいたり。入場料も取るし、行った人の話では、臓器をモチーフにしたグッズなども販売されているみたいで、ちょっと薄気味悪い。死体を元に展示し、商業利用しているという疑いを持つ。

標本が展示されているのは、生前の意思に基づくというのだけど、やはり、行った人の話では、胎児の標本まである。HPでも出てくる。

http://www.jintai.co.jp/kids.html

胎児は人ではない?から確認をとる必要はないのかもしれないけど、う~ん、気持ち悪いぞ。

人体標本の展示会は、欧州などでは問題になっているようで、日本でも

一方、本誌2006年9月15日号と今年2月2日号に登場した富永智津子氏(宮城学院女子大学教授)の問題提起を受け、法務省に問い合わせを行なった衆議院議員・秋葉賢也氏(自民党、宮城二区)は、「法務省から人体展についての判断は示されていないが、一般論として、国内で遺体を展示する行為は、刑法一九〇条(死体損壊罪)に抵触する可能性がないわけではない」と語る。

だそうである(週間金曜日記事。「『人体の不思議展』の不思議」)。

http://d.hatena.ne.jp/kinyobi/20080817/1218957596

何だかちっとも世間ではマスコミも問題提起していないように見えるけどなあ。大丈夫難解な、人体の不思議展。今度見に行こうかな。いや、いかざるべきか(苦笑)。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2008年10月24日 (金)

「麻生」ってどこよ?

昨日のニュースですけど。ちょっと気になったので。

九州新幹線:高架橋パネルはく離 販売元「麻生」聴取

 麻生? どっかで聞いた名前だなあ。

九州新幹線(新八代-鹿児島中央駅)で04年の開業前、高架橋に使われた樹脂パネルがコンクリートからはく離するトラブルが複数起きていたことが分かった。施工業者が修復したが、パネルに欠陥があった疑いもあり、九州新幹線を建設した鉄道・運輸機構(旧日本鉄道建設公団、横浜市)は、販売元の「麻生」(旧麻生セメント、福岡県飯塚市)から事情を聴く。

 同社によると、パネルは樹脂などでできた厚さ約1センチ。92年ごろ販売を始め、当初はボルトなどで固定せずコンクリートに接着できることを特徴にしていた。パネルを使ったプールの床などがはがれるトラブルが報告されるようになった。このため、当時の担当者によると、九州新幹線工事用に建設会社に納入する際はパネルをボルトで固定するように求めたという。パネルの販売は02年にやめているという。

同機構によると、公団時代の00~02年に行われた高架橋工事で、コンクリートけたの下部の埋設型枠として使用された。施工業者からは、麻生とほかの2社のパネルを工事で使用する届け出があり、機構が承諾した。

(略)

 麻生はセメント製造や病院経営など幅広い事業を営む麻生グループの中核企業で、01年に麻生セメントから社名を変更した。麻生太郎首相(68)が73年から衆院選初出馬する79年まで社長を務めたほか、現在も妻千賀子氏(58)が取締役。現社長は弟の泰(ゆたか)氏。【斎藤良太、井上元宏】

毎日新聞 2008年10月23日 20時45分

はあ。やっぱり麻生さん家だったのか。

 なお、

同機構九州新幹線建設局の赤沢有二次長は「パネルの欠陥については把握していない。はく離したすき間に水が入れば耐久性に影響するが、開業前にすべて補修しており、安全性に問題はない」と話している。

だそうだ。安全性に問題ない…本当に? 

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年9月11日 (木)

猫が9年ぶりに飼い主のもとに。

どうでもいいけど、ほほえましいので。

http://s02.megalodon.jp/2008-0911-2025-02/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080911-00000981-reu-int

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月10日 (火)

秋葉の事件に対しての感想

秋葉原の事件について。

たくさんの方が亡くなった。たくさんの人が傷ついた。多くの人が恐怖に陥れられた。僕も「おちおち街を歩けないようになるのでは」と危惧を抱かされている。この事件をどう受け止めていいのか心の整理がつかないが、犯人の蛮行は許せない。

同時に、事件をめぐって、僕は二つの感想を持つ。

■1■

第一に、事件の背景に人間を孤立させたり、人としての尊厳を損なうような社会の構造があること。学歴主義や、派遣労働など。まあ、僕がいわずとも社会の構造が背景にあるって思ってる人は普通にいるだろうけど。

容疑者は派遣労働者であり、リストラされるとの不安にさらされていたのではないかとの報道もある。同時に事件の引き金となった、出勤すると作業服(つなぎ)がなかったトラブルは、容疑者にこれで解雇されると思わせたのではないかとの報道もある。リストラは、自らの生存条件を失うことを意味している。生存条件を損なうことへの不安や恐怖が、強いストレスになっていたのだろう。

犯行前、携帯サイトに友だちがいない、というようなことも書いていたようだ。
http://s01.megalodon.jp/2008-0610-1538-43/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080610-00000059-mai-soci(魚拓)
資本主義の発展にともなって核家族化もすすんだし、孤立する日本人は増えたと思う。実家から遠く離れてはたらくことも珍しくなくなった(僕もそうだ)。身にこたえることがあっても、誰にも相談できなかったのだろう。

切り離され、相談相手もおらず、いつ首を切られるかわからない。友人もいない。そうした中で自分という人間が認められない、世間に相手にされていないという屈折した感情、自尊心を傷つけられたような屈辱感を容疑者は持っていたのではないか。
上記(魚拓)を見る限り、周りのフォローも受け入れず、手がつけられない感じもするが、劣等感を募らせすぎて、周りが何をいっても「この俺の悩みがお前らにわかるものか」と思っていたかもしれない。

http://s04.megalodon.jp/2008-0610-1727-28/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080610-00000914-san-soci(魚拓)

また、リストラされることは、自分が排除されることだ。お前は会社に、社会に必要ないといついわれるのかと思っていたのだろう。「出勤したらつなぎがなかった」トラブルでも、その会社だけというより、世間一般が自分を認めず、排除するように思ったのではないか。青少年期はとりわけ、自分が他人に認められたい、認められる人間になりたいと思う時期でもあるし、リストラされるのではないかという不安感、疎外感、圧迫感は相当なものだったのでは。

http://s01.megalodon.jp/2008-0610-1730-26/excite.co.jp/News/society/20080609120300/20080609E40.040.html(魚拓)

一般的に貧困が増えると犯罪が増加するといわれる。不安定雇用をなくすとりくみを本格的に行わなければ、犯罪防止策としては片手落ちではないかと僕は思う。貧困が犯罪を増やすという論理は、僕はまだほとんど勉強できていないけど、正義を守れ、犯罪はいけないという「戒め」だけでは、安心して暮らせる社会は来ないのでは。「そんなことしちゃダメだ!」といっても、人間の尊厳や生存権を損なう「ストレッサー」がある限り、予想外の行動をとる人はいるだろう。

今回の容疑者の場合、犯行を大々的におこなうことで、自分の存在を軽視している(と思っている)世間を見返してやろうと思ったのだろう。ただ、会社に突撃せず、秋葉原に突撃したっていうところに、彼の弱さがまた露呈しているように思う。まったくの推測だが、“秋葉原なら自分のような人間でも少しは許容される”という心理が働いていていないか。つまり「世間に相手にされない人間も許容される秋葉原」と思っていなかっただろうか? 世間が嫌になった腹いせなのに、自分を許容して欲しいと思って秋葉原に突っ込んだ。違うだろうか? 秋葉原は普通の人もいく街だけど、自分に自信のない人も許容する街という印象を僕は持っている。

■2■

第二に、死刑は当然だという声も出ているようだ。だが僕は、まだ死刑は当然だと判断できない。そもそも死刑自体、刑罰として存在していていいのかとの議論もある。慎重に考えたい。

なぜ慎重に考えたいか? 事件から見れば僕は他人だからだ。他人であるからこそ余計に僕は、「死刑が当然だ」という意見はまだ持てない。相手が凶悪犯罪者だからといって「死んで当然だ」ということは、命を損なうことに違いはない。またそのように主張することは、下手すると、不条理なことが裁かれない社会への不満・ストレスを「死刑にしろ」と叫ぶことで発散させることになりかねないと思っている。正義が通らない社会への鬱積した気分を、勧善懲悪のヒーローものの映画やドラマで発散させるように、犯人への糾弾ではらすことになりやしないかと思うのだ。

僕は不安にさらされた(さらされている)一人という意味では、決して他人ではない。秋葉原は僕の日常にとって、遠い存在ではない(勤務地が徒歩圏内)。しかし、事件当日僕は秋葉原にはいなかった。被害者も身内にいない。そのような僕が「死んで当然だ!」と叫ぶことには躊躇がある。犯罪が裁かれるのは、犯罪のない社会を築くためであり、被害者と被害者家族への償いや権利保障のためである。他人のストレス発散のためじゃない。ストレス発散のために「死ね」というのなら、容疑者に一歩僕は近づくことになる。それだけは戒めたい。もっとも犯罪を恐れるからこそ、死刑になってほしいと願う人も少なくないだろうけど。…難しい問題だな。

【余談】

最後に余談だが、自民党の国会議員牧原秀樹氏のサイト。

http://www.hmacky.net/2008/06/post-1885.php

こうした事件の犯人を憎み、極刑を課すのは当然だが、これだけ頻発するというのは単なる個人的要因だけなのかという疑問が湧いてくる。街中から自然を破壊し、子供たちの遊び場所を奪い、命の大切さを知る機会が減り、むしろテレビゲームなどで残虐に人を殺す楽しみを小さい頃から植えつけるという背景がないかどうか検討が必要だろう。貧しく苦しい時代と比較して人間が弱くなっており、世の中や周囲を逆恨みする人が増えていることも問題である。高齢化社会の深刻さを考えず、ひたすら「お年寄りいじめ」などと情けない批判と悪口を繰り返す政治もこうした「すべて他人のせい」とする風潮を蔓延させている原因かもしれない。

意見を全否定するつもりはない。だが「極刑を課すのは当然」? 死刑制度を廃止すべきだという国際的な動きにどう答えるのだろうか。

同時に自分が社会的弱者を生み出した支配者の側におり、足蹴にしている当事者だという認識がなさすぎる。「他人のせい」にしているのは、あなたではないのか。人を虐げておいて、正義を掲げているつもりなのだろうか。こんな程度の認識の政治家のもとで、犯罪は減っていくだろうか? 不安だ。犯罪防止のために、やっぱり社会の構造もメスを入れるべきなんじゃないのかなあ。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2008年6月 8日 (日)

秋葉原。

今日、秋葉原でたいへんなことがあったみたいですね。僕は長野に出張だったし、ここ半年ほどは秋葉原にパソコンの部品やオーディオ製品などの物色はほとんどしていないのですけど、やっぱり帰宅途中によくよっていたポイントだったので、かなりショックです。現場にいた人は本当にこわかっただろうな。

「世の中がいやになった。人を殺すために秋葉原に来た。だれでもよかった」なんて容疑者はいっているらしいが・・・世の中が嫌になったら、世の中を何とかしろよ・・・ってムリか。どっちにしても、人殺す理由にはまったくならないけど。

・・・許し難い。

でも、“世の中が嫌になった”という中身は何なんだろう? 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月12日 (月)

松本人志氏「アホが死んだら別にええ」?-硫化水素自殺問題で

ダウンタウンの松本人志氏が、ラジオで放言したと、問題になっている。硫化水素自殺の問題で、「アホが死んだら別にええ」と発言したそうだ。

J-CASTによれば、下記の通りである。

http://s04.megalodon.jp/2008-0512-1251-50/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080512-00000000-jct-ent(魚拓)

■ラジオ番組でマスコミも批判

 松本人志さんが「問題発言」したのは、2008年5月11日未明に放送されたTOKYO FM系(JFN)のラジオ番組「放送室」。松本さんと放送作家の高須光聖さん(44)がパーソナリティをしている1時間のトークバラエティで、番組の後半に入ったところで硫化水素自殺について語る場面が出た。

 まず、松本さんが、「いま自殺もはやっているでしょ」と話題を振った。そして、「何かよう分からん。なんや、あれ。なんか液体の、あれやわ、ガスみたいな」と言葉に詰まると、高須さんが、「硫化水素やね」と助け舟を出した。

 松本さんは、相槌を打つと、マスコミに不満をぶつけた。

  「ニュースが面白がってんねん。今日は何件あったとか、やっとるわけよ。もうええねん、もう一切そのニュースはなし」

 さらに、「自殺なんてね。報道すればするほど、あいつら寂しいヤツらだから、俺も死のうって思うヤツがたくさん出てくんねん」と批判した。

 そして、「問題発言」とされたのは、松本さんの次の発言だ。

  「まあ、ある意味ね。ちょうどええ時期に、そんなアホが死んだら別に俺はええねんけど」

 こうした会話で、2人は盛り上がった。高須さんが「ええこと言ったね、松本さん」と水を向けると、松本さんは、「ほんとに間違ってないわ、俺らはね」とうれしそうだった。

 これに、ネット上で批判があいついでいるそうだ。

■ニコニコ動画にも投稿

 松本人志さんのこの発言は、早速2ちゃんねるで話題になり、それを紹介するスレッドが立った。そこでは、次のような批判の書き込みがあった。

  「アホとか何様だよ」
  「これは倖田くみの発言より問題だろ」
  「何がちょうどいい時期なのかわからない 松本は最低だなカスだ」

 発言のあった「放送室」の録音は、ニコニコ動画にも投稿された。そこでは、すでに1万3000回以上が再生され、1400以上のコメントが付いている。
 一方、松本さんが硫化水素自殺についてマスコミ批判した部分については、共感する書き込みも多い。

  「その通りだ」
  「まぁ確かに硫化水素とかヒント出すから 皆マネをする」
  「途中までは言いこといってるのにな」

 本当にこんなこといったのか? 彼が本当に「アホ」は死んでもいいなどという発言をしたのなら、芸能界を「自粛」ではなく、引退してほしい。釈明次第だが・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年4月23日 (水)

現段階で反省できない段階にある人に、反省を求めつづけるだけでは非合理的ではないだろうか

反省できない成長段階(発達段階)の人間に、反省を求め続けるだけでは、非合理的ではないか。そう思います。

光市母子殺害事件のことです。広島高裁で死刑判決が出ましたね。

「少年だからといって、凶悪犯罪をはたらいたのだから厳罰を受けるべきだ」という論理は正当でしょう。でもそれが死刑でなければならないというのは、僕は短絡的だと思います。「死刑を回避するに足る合理的な理由がない」という趣旨の判決理由が述べられましたが、僕は現段階では、異を唱えます。

下記エントリを見ての感想なのですが(村野瀬さんのエントリ拝借します)、

http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-389.html
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-396.html

上記エントリとテレビ報道を見ると、反省できない成長段階の人間に、本村氏は反省を求め続けているように見えるのです。

「反省しろ」といっても、精神発達が実年齢と比べて著しく未熟な人には、適切なケアがなされないかぎり、本当の反省などありえないのではないでしょうか? 少なくとも、被害者遺族が求めているような反省など望みようがありません。もちろん、死刑ではなくとも、どんなに最前をつくしても、心からの反省など訪れるかどうかわかりませんけど。

でも、弁護人いわく、家裁段階で、犯人は父親の暴力にさらされ、母の自殺を目撃し、精神発達がいちじるしく遅れていることが指摘されています。心の傷も深いでしょう。そんな人に、反省しろといっても、精神段階の成長・回復を得るための試みがない限り、困難ではないでしょうか。

死刑は、今回の場合、反省の芽をつむものにすぎないのではないでしょうか。今回の事件において、本村さんが求める反省を、むしろ遠ざける(もしくは永遠に訪れないようにする)ことが、死刑なのではないでしょうか。

死を前に反省するということはありえることだと思います。しかし、未熟だとされる精神状態について、ケアをし、本来の精神発達段階を取り戻す措置をしないままで、反省だけを求める。それは不合理であり、非現実的なのではないでしょうか?

今朝、ニュース番組で、「本村さん、9年間がんばりましたね」って某キャスターがいっていました。でもそういう言葉は、がんばりが正当だと思われる場合に使うべき言葉だと僕は思うし、本村さんのがんばり方は、僕は「合理的でない」と感じます。
単純に、少年は真摯に反省できる人格を獲得し得ていないという事実を、被害者遺族は自らの深い悲しみの感情から、かたくなに否認しているように見えるのです。

もちろん無期懲役で解決するとも思いません。正確には、無期懲役だけで解決はしないと思っています。

僕は、刑罰とは別の、更正の機会が元少年には求められると思います。のみならず、彼の精神状態に適応した、適切な措置、ケアがされることが、必要ではないでしょうか。

刑務所であれ、税金で食事を与えられ生活するなど、けしからん、という人もいます。その上、心のケアなど、何を不謹慎なことをいうのかと思う人もいるでしょう。

でもそれでは死刑でよいのか? それで解決するのか? 死刑はこの事件の場合、いまの日本社会で望みうる最前の償いではないのではないかとの疑念をいまのところ、僕は感じます。

もう少し自分でも勉強したいと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008年4月11日 (金)

東大生の親は子離れできない人が多い?

よくわからんけど、こんな記事が。

東大の入学式で「親離れを」
4月11日16時37分配信 産経新聞

 東大の入学式が11日、東京都千代田区の日本武道館で開かれ、新入生の人数を大幅に上回る父母らで埋まった客席を前に、祝辞に立った建築家で特別栄誉教授の安藤忠雄さん(66)が「親離れをしてほしい」と新入生、父母双方に自立を促す一幕があった。東大の入学式は毎年家族からの出席希望が多く、この日の会場も新入生約3200人の周囲を、約5300人の父母らが席を埋め尽くした。安藤さんは祝辞の中で「自己を確立しない限り独創心は生まれない」と強調。(後略)

キモイ。よくわからんけど、キモイ。

でも、そういえば、俺も大学入学のときは、両親ともに来てくれたなあ。

だけど、京都には来たのに、入学式には出なかったな。

単純に、俺の一人暮らしが始まるってので、京都まで来て別れを惜しんでくれただけでした・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブログで体調を壊す? 池田信夫氏

ブログで体壊す? なんじゃそりゃ。こんなニュースがあったよ。

http://s04.megalodon.jp/2008-0411-2118-06/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080410-00000001-jct-sci(魚拓)

米国で著名ブロガー死亡相次ぐ 日本でも「ドクターストップ」発生
4月10日18時15分配信 J-CASTニュース

 米国で著名ブロガーの死亡が相次ぎ、「デジタル時代の労働搾取」と話題になっている。ブログがメディアに匹敵する存在に成長、24時間労働を強いられているケースも多い。日本国内でも「ドクターストップ」が出た著名ブロガーもいる。今やブログ運営はハードワークなのだ。

■スクープするために「劣悪な24時間競争」強いられる

 著名ブロガーの相次ぐ死亡を挙げて、「デジタル時代の労働搾取」と報じたのは2008年4月6日のニューヨークタイムズ。記事によれば、Russell Shaw、Marc Orchantといった著名ブロガーが心臓発作や血栓症などで相次いで死亡。公式な診断書では「ブログ」が死因とはされないものの、周囲でブロガーの劣悪な労働環境の危険性がささやかれているというのである。

 同紙によれば、なかでも競争が激しいのはテクノロジーやニュースについてのブログで、企業のスキャンダルや新製品ニュースをスクープするために「劣悪な24時間競争」の只中にあるという。仕事で体重が増減したり、不規則な睡眠を強いられたり、過労で病気になったりといったブロガーの声や、テクノロジーのブログとして有名な「TechCrunch」の運営者が「神経が参ってしまって病院にいく事になりそうだ」「耐えられない」と漏らす姿も報じられている。

 米Digital Media Strategiesの織田浩一代表はJ-CASTニュースに対し、

  「多くの日本のブロガーはブログで食べているというわけではないですが、米国では主たる収入源にしているブロガーが多いんです。『24時間戦えますか』の世界で、既存メディアや他のブログに対抗するためにスピード感が求められています」

 と米国のブログの現状を説明する。米国ではすでにブログが通信社に匹敵する存在にまで成長している。そこで、収入を稼ぐためにブログ同士や既存メディアとの激しい競争が繰り広げられているというわけだ。(後略)

へえ。すごいことになってるな。重大問題じゃん。

一方、この記事ではこんなことも書いていた。

 「ドクターストップ」がかかった著名ブロガーが国内にもいた。自身のブログのページビューが年間950万ほどにまで成長した経済学者の池田信夫さんは

  「プレッシャーはありますよ。月間100万アクセスを超えた辺りから、寝られない日が続き、医者にブログをやめろと言われて…。もう、どうしようもないコメントやスパムとかノイズが凄く飛んでくるんですよ。私はこういったものについて気にしない方なんですが、さすがにストレスになってきています」

 と明かす。池田さんは、ストレスを抱えながらも、雑誌に掲載されるよりも社会的に影響力のある情報をいち早く掲載できるメリットがあるとして、ブログの運営は続けていく意向だ。(後略)

池田信夫? どっかで聞いた名前だな。

ああ! 思い出した! こんな人だった!(十条さんのエントリ拝借します) ↓

http://d.hatena.ne.jp/jujo/20070420/1176999563

慰安婦問題で持論を勝手に変えて、自分で忘れていた御仁だったな。あほくさ。そんなことまでやって、体壊しなさんな、よ。

「どうしようもないコメントやスパム」・・・ね。なるほど(ニヤリ)

・・・まあ、僕は彼のブログなんてほとんどのぞかないけどね。

お大事にどうぞ、です。ひょっとしてネット依存症かな? そうじゃなきゃいいけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月13日 (木)

イルカ、クジラを助ける

何だかほほえましいので。

****************************

NZで浜辺に乗り上げたクジラ、イルカの水先案内で助かる
3月13日19時9分配信 ロイター

 [ウェリントン 13日 ロイター] ニュージーランド北島の東部マヒアで、浜辺に乗り上げたクジラ2頭をイルカが助け出すという出来事があった。現地の自然保護当局の職員が13日に語った。
 このイルカは今回クジラが打ち上げられた浜辺によく姿を現しており、地元では「モコ」と呼ばれている。
 自然保護当局の職員マルコム・スミス氏は「私の知る限り、こうした出来事が記録されたのは初めて」としている。
 スミスさんによると、母子とみられる2頭のクジラを海に戻そうとする試みは何度か行われたものの、方向感覚を失ったクジラは繰り返し浜辺に打ち上げられてしまい、あきらめかけていたときにモコ」が姿を見せたという。
 スミスさんは「イルカがやって来たときクジラの態度が明らかに変わった。即座に反応した」と当時の状況を説明。「イルカはわれわれが1時間半かけてできなかったことを数分で片付けた」と語った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧