少し前ですが、僕は下記URLで、藤岡信勝氏の生活保護行政への認識があまりに貧困なので、批判しました(「平気でウソをつく人々」、『「自虐史観」の病理』文春文庫2000。以下、藤岡論文と称す)。
http://anemonefish.cocolog-nifty.com/osakana/2007/09/post_d8b4.html
藤岡論文がとりあげている「母さんが死んだ」(水島宏明、ひとなる書房1990)は、札幌市の母親餓死事件(1987年1月)を扱っています。藤岡論文では、子どもを残して衰弱し、餓死した女性が勤めていた喫茶店の経営者=黒田政子さん(仮名)をウソつき呼ばわりしています。どのようにウソつきよばわりしているかは、上記URLを参照していただくとして、藤岡氏は、つぎのようなこともいっています。
---水島氏の著書は、続いて、黒田が岡田さんに「居酒屋を持たせてくれる」と約束していたことを書いている。春から秋にかけて岡田さんがやけに張り切っていたという友人の証言がある。たしかにこのお店が持てれば一家四人で生活できる収入がえられるだろうが、その話がどうなったのか、水島氏の著書は納得のいく説明をしていない。---(223ページ)
---一方、久田氏からの取材から浮かび上がってきたのは、黒田が弟との結婚を前提に「店を持たせる」と岡田さんに約束しておきながら、弟が警察に逮捕されると岡田さんとの約束を反故にし、喫茶店をもやめさせたということだ。この時から岡田さんは生きる希望を失ったのであろう。黒田はこの自分にとって都合の悪い事実をかくすために、マスコミを利用し福祉行政批判のキャンペーンをやらせたのかもしれない---(223ページ~224ページ)
結局、ここに現れるのは、「行政には責任はない」という、個人に責任を押し付ける論理です。歴史修正主義は過去の戦争でも国家、支配層の免責をしますが、その思考回路は戦後日本、そして現在の日本でも同じなのでしょうね。歴史修正主義者は現在の価値観で過去をさばくなという。しかし一方で、過去を免罪する価値観で現在の国家の不正や怠慢も免罪する。さすが歴史修正主義者というところでしょうか?
ところで、藤岡氏が非難する「母さんが死んだ」を読むと、藤岡論文は、重要なことにふれていません。それは餓死した母親が数ヵ月前だけでなく、過去に生活保護を受けていたのに、打ち切られたという事実です。この母親は、福祉事務所に何回か足を運んだことがあるのです。プロローグのなかにも、次のような一節があります。
---彼女と、生活保護との接点は死亡する数ヵ月前ばかりでなく、遡って、その前にも何度かあったのである---(13ページ)
この母親が夫と離婚し、生活保護を受給したのは1978年です。中央区の母子寮に入所しています。母親は長男が小学生に上がったのをきっかけに、病院でパートとして働くなど、彼女なりの努力をしていました(水島氏の著書では「雑役婦」となっている)。しかし1981年4月、正職員にはなったものの、諸経費を引くと7万円しか残らず、パートのときの7万7千円よりも手元に残る収入が減ってしまいました(54ページ)。このため引き続き生活費の不足分を生活保護として受給していたのです。
ところがその後、白石区の市営住宅(3LDK)に入居(母子寮は1DKだった)したのをきっかけに、白石区の福祉事務所が、生活保護を打ち切っています。打ち切られそうだ、ということを本人が話していたことを聞いたという証言もあります。その後、母親はサラ金にお金を借りることになっていったようです。
そして生活が立ち行かなくなり、生活保護をきってからずいぶん経ってから、ふたたび当人が福祉事務所に相談にいった。白石区の福祉事務所は、本来は生活は大丈夫なのか把握し、保護を打ち切った相手だからこそ余計に保護が必要かどうか把握しようとすべきではなかったのか? そういうことが問われていると思いますが、藤岡氏には、そういうことは思い当たらないようです。
ところで、喫茶店の給与も、1日3千円でした。夜にも飲み屋で働いていましたが、それも3千円です。しかも昼夜とも働けたのはほんの一時期だったといいます。いずれにしてもこんな給与では、やはり生活保護基準以下です。やはり生活保護をうける要件は満たされています。
さらに重大なのは、『母さんが死んだ』は、餓死した母親以外の証言として、福祉事務所のケースワーカーに暴言をはかれた、受給申請をなかなか受け付けない、などの証言が多数載っていることです。
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「生活保護を受けている。しかし、受けるまでたいへんだった。十年間も難病に苦しみ、『働けない』という医師の診断書を持っていったが、『仕事できるでしょう』といって信じてくれない」(154ページ、47歳男性、難病患者)
「『まだ若いし、あんたならソープランドでも働けるよ』っていわれたんです」(256ページ、札幌市豊平区)
「四年前、生活保護の窓口に行った。妻が妊娠中だったが、保護受給条件として『子どもを堕ろせ』といわれ、病院まで紹介された。けっきょく子どもを堕ろして保護をもらった」(155ページ、札幌市東区の32歳男性。身体に障害がある)
「白石久野保護課の××(実名)が、自宅を訪問するたび何回も食事に誘ってくる。私の友人(女性)は、食事や飲酒に誘われ、つき合ったら体の関係を求められた」(159ページ、札幌市白石区)
「いい方がとにかくきつくて『なんでそんな人(精神病の夫)と結婚したんだ。選ぶ人を間違ったな。男を見る眼がないよ』」(158ページ、札幌市白石区)
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つまり、藤岡氏は問題を捻じ曲げて矮小化しています。
「黒田はこの自分にとって都合の悪い事実をかくすために、マスコミを利用し福祉行政批判のキャンペーンをやらせたのかもしれない」という、単なる黒田氏の陰謀論にしてしまっています。しかし、そんな程度にとどまらない実態が『母さんが死んだ』には示されているのです。なのに、上記のような多数の証言が告発している問題に触れず、単純に黒田さんが悪意を持つウソつきであり、信用できない人間である、という話にしてしまい、「福祉行政批判のキャンペーン」全体を、信用できない話にしたてあげてしまう。ここに、藤岡氏の悪意が象徴されています。
また、母親餓死事件では、当人が亡くなっているのだから、余計に何が真相だったのかはわかりません。でも、どうして過去に受給した人が再びやってきたときに、生活状況を把握し、保護が必要かどうかきちんと把握し、必要な手立てをとらなかったのでしょうか。結果として、母親は亡くなったのです。本当に行政に責任はないといえるでしょうか? それが本書のテーマになっているのだと思いますが、藤岡氏にはそんなことは理解できないみたいです。もしかしたら本をきちんと読んでいないかもしれません。
何はともあれ・・・藤岡信勝氏は、僕にとって、ますます信用できない人物となりました。問題の矮小化、ねじ曲げもはなはだしい。その非人間性は、信じられないほどです。自分が思い描くウソつきの存在を証明するために、『母さんが死んだ』の文章をトリミングして、論旨をゆがめたのではないかとさえ思います。さすがです(笑)。
最後に、前回のエントリで少しふれた、久田恵氏の著書も該当部分を読みました。しかし久田氏の生活保護基準の計算と、『母さんが死んだ』にあげられている生活保護基準の計算が、明らかに1ヶ月あたり数万円は違います(久田氏の方が低い)。この点には、『母さんが死んだ』には計算根拠がしめされているのにくらべ、久田氏の著書には計算根拠が不明確なので、調べられたら調べたいと思います。20年も前の保護基準なんて計算できるのか知りませんが・・・いずれ、知り合いのソーシャルワーカーに聞きます。そのうち、気が向いたら(最近これが口癖になったな)。
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